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第9回目 "By the St. Lawrence" by Saul Bellow を読む。 "A Theft" の1/6の長さ。absurdity(不条理) の象徴としての性欲と理性的行動への意欲の共存と思いはしたが、現実は絶望的

 小説を楽しむために英語をモノにする。英語の教材として、自分に読める小説を読むのとは大違いです。小学生時にはプロ野球の選手の活躍に魅かれている内に日本語を読む力を獲得しました。大学受験の英語は苦痛。大学で化学の勉強を始めると英語は化学知識に向けた欲に引っ張られ鍛えられたのでした。言葉をモノにするのに子供は3才までかかる故、一日1時間しか英語に触れない人は毎日10時間英語に触れる子供に並ぶのに30年はかかるのです。この格言を私は真実だ(英語のマスターには一生掛かる)と思います。

<Saul Bellow Collected Stories から "By the St. Lawrence セント・ローレンス川沿いの地で" を読まれる方を応援します>

 少年時に表れたポリオによる痙攣はその後一生に渡り主人公、レクスラーの身体の動きに制限を加えた。これが彼から性欲による女性との関係を奪い去ったのでしょう、知的活動である政治や舞台芸術の分野で成果をあげます。一方、子供時代から多くの日々を共にしたいとこ達、全員が年上で、彼らの死を一人、また一人と見届け、いとこ達の一生の意味を自分のものと比べて、いとこ達のものの物足りなさに歯ぎしりするのでした。このいとこ達は日露戦争でウクライナから徴兵されシベリアに送り出されアジアで脱走、カナダに一人で辿り着いた男の息子、娘たちです。(ベローの小説には日本がチョク・チョク顔を出すのです。)
 東京演劇集団風のレパートリーで馴染みの劇「肝っ玉おっ母とその子供たち」の原作者ブレヒトが話題にのぼります。ラスト・シーンでは、高齢の上に病み上がりのレクスラーは車椅子と迎えに来たメルセデスのハイヤーを頼りにカナダの有名なマク・ジル大学に向かいます。招かれ、そこで特別講演「ブレヒトとブレヒトが構想するマルクス主義」をするのです。(若い時に研究テーマにした題目は時代が変わっても促されると心の奥から手を挙げるものなのでしょうか? その直前に公園で自身の一生の努力を無駄だったと総括したのに、行かねばなりません。)

<ストーリーの冒頭は「A Theft 窃盗事件」と似た雰囲気のテキパキさで主人公の外観が描き出されます>

 ここで描かれたこの男の属性はこのストーリーのどこを読んでいても頭から離れることがありません。原書、この短編の冒頭部分は次の通りです。

NOT THE ROB REXLER?
 Yes, Rexler, the man who wrote all those books on theater and cinema in Weimar Germany, the author of Postwar Berlin and of the controversial study of Bertolt Brecht. Quite an old man now and, it turns out, though you wouldn't have guessed it from his work, physically handicapped -- not disabled, only slightly crippled in adolescence by infantile paralysis. You picture a tall man when you read him, and his actual short, stooped figure is something of a surprise. You don't expect the author of those swift sentences to have an abrupt neck, a long jaw, and a knot-back. But these are minor items, and in conversation with him you quickly forget his disabilities.

【私の和訳】
  ロブ・レクスラーのことではないのでしょうか?
  そうです。レクスラーのことです。 ワイマール時代のドイツにおける劇場と映画についてあの有名な幾つもの本を書き上げた男です。それから、「戦後のベルリン(Postwar Berlin)」と言う本の著者であって、大論争を引き起こすことになったベルトルト・ブレヒトに関する研究を発表した男でもあります。今では結構お年齢を召されています。この人の作品からはご想像できなかったでしょうが、身体的なハンディを背負っておられる方です。――何もできなくなっているというのではありません、ただ少年期に小児麻痺に罹ったことで身体の一部に不具合があります。彼の作品を読んでいるとその著者は背の高い人だと思い込みがちですが実際は背が低くて腰もまがっていますから、初めての方は驚かれます。こんなに平明、簡潔な文章の書き手が肩の上にいきなり頭が乗っかっていて、顎が長く、背中がコブのように曲がり膨れているなど想像できるはずありません。それでもこのような特徴はどうでも良いことなのです。一旦会話を始めると誰もが直ぐに彼の身体の不具合のことは忘れてしまいます。

<私のStudy Notes を公開します。短篇全11ページに対応。ダウンロードは無料>

<本短篇の全訳の無償提供>

 短篇の著者であるベロー氏の著作権を犯したくはありません。ただしこの本の購入者にはその中身を自分なりに読み取る権利、翻訳を依頼し入手し読む権利があるのです。私は私の読みにある不足分を見つけ出すべく読書会に参加してみたいのです。本記事下段のコメント欄に公開の形で英語小説の講読・読解に関するご意見・ご質問など頂ければと思っています。
 今回の和訳文の無償提供は、10名様程度、2022年2月末までにご希望の旨の連絡をいただいた方に限定します。私の和訳文を見てみたいと思っていただける方は、「クリエイターへの連絡」の機能を使って貴方のE-MAILアドレスをお伝えください(寄せられたE-MAILアドレスを他者に漏らさない為に一人ずつ単独のメール発信をします。複数のアドレスに一度で発信することは致しません。後日に使用する明確な理由がない場合は和訳文書ファイル送付後1週間以内に送付先のアドレスを私のPCから消去します。すなわち私の方からE-MAILでのコンタクトは致しません)。私の方から原書をお持ちか否かの確認のため「何ページの何行目にある文章の一部を24時間以内にご返信ください。」とお願いします。その返事を待って当該E-MAILアドレスに添付ファイルとして文書ファイルをお届けします。(万が一ご要望が多すぎて私がお返事を差し上げきれない等、対応能力を超えた場合には、恨まずにご容赦ください。)