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虫ではないが。

成長とはある時期を過ぎると皆平等に辛いものなのだろうか。
どれほどの痛みを伴えば平然とやり過ごせるものなのか。十一月の午前三時は私を確実に狂わせていった。
喉の渇きに耐え切れず目を開けたのだ、変な物、者を見た、真冬のそれも屋外のベンチに男女が座っている。街灯もなく、いやそこには男と女とベンチ以外の何もかもが存在していなかった。
私が何故真冬だと分かったかも不明である。

二人は意味のわからない言葉でひたすらに意味のわからない会話を話し続けている。
私はその反対側と思わしき空間部位を見つめている。男女はわたしには一切気付かぬ様子で以前意味不明な会話をしていた。不意に男の方の口から、林檎、という言葉が発せられたのだ、驚いた私は急いで振り返り男女に目を向け、必死になって今林檎と言ったのかと問い詰めたが以前わたしには気付かぬ様子である。
諦めて恐らく反対側と見える方向に視点回帰した時、そこには一枚の絵が浮かんでいた。
激しいマチエールと劇的な色彩に埋められたキャンバスは何もないこの空間そのものなのではなかろうかと思える程である。

何時間か考えた末にこの空間にある全ての物質を私の脳は破壊する事を決定してしまった様だ。
男女の方は相変わらず意味不明な会話をしているし、例の絵画は色彩を増すばかりだ。
何でもないのだろうと呟いた瞬間、100m先から老人が此方を睨み始めた。
男女は全く気づいてはいないようであるが、先程の意味のわからない会話は激しさを増し、
林檎、林檎と二人して大笑いしている。
益々嫌になった私は首を捻り絵画を見た。
どうやら絵画の方も嫌気がさしたらしく、マチエールの施された一部分が見る見る燃えていく。また首を捻ると老人が目の前に立っていた。私は少し驚き目を閉じた、その時女の方が先程より幾分大きな声で林檎と言い放った。
私は嫌々目を開くと老人が背中を向けて帰って行こうとしている最中であった。
目を細めると、老人の背中には少し腐敗した林檎がしっかりと減り込んでいる。
私は何だ全部分かってたんじゃないか、と呟きその場に倒れこんだ。

男女は以前意味のわからない言葉で会話を続け、絵画は燃える事をやめる様子は無い。
程なくして絵画は燃え尽き、空間は終わりを告げた。それからどれ程の時間が過ぎたのか大分遠くの方でキマりすぎのふじ子ヘミングがエチュード、別れの歌を弾き始めたので、私は此処に残る事にした。

#エッセイ #短編小説
#フランツカフカ #変身