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二色情下

一定に光る海灯を背に飛び立つ渡り鳥ー
海面には遥か遠く感じられる向こうの都市が写り、揺らぐ。
空虚を仰げば散り散りの雲間にまだ光きれない青い星達と薄っすらと目が合う。
砂浜には薄ら影の足跡と過去の私がいくつかあった。
海岸に群れた木々は都会から義絶され亡者達を匿う。背には高層ビルと無数のネオンが瞬きをし、足元に目をやれば刈り取られ忘れた過去達が私の足首を掴む。
間も無く第1の昔を抜けるー

二つ目の木々達に化かされるまでの間には虚無な砂浜があった。ふと海岸線から地平線へと焦点を移し瞬きを一度、ため息を一度。それから缶のハイボールを一口、すると焦点は面積を広げようやっと砂浜までを視野の中に入れることができた。
確かにここで誰かとシャボン玉を飛ばして笑い合っていた。よく曇った夏の夕方に彼女は天気と正反対に楽しそうだったのを思い出してまた歩き出す。坂本龍一のaquaとともに脳内アナウンスが流れだしたー

(此処から第2の昔、御手荷物はお捨てください。少しの傾きが貴方の脚を取り囃子ます)

ひとまず私は細く吸い口が金色の煙草に火をつけ煙を木々に嗅がせてやった。これが昨今私の中に流れる香りだ。君達が知らない香りだと。
先ほどよりも伸び、肩まで見える腕が私の胸倉を掴みこう言うー

「何故捨てた」

煙と共にそれを幾度も払い除け私はその森から抜け出した。

何分が何日に思える森を抜けた後、俯きがちの私の額は白い壁にぶつかりそれを橋だと脳に伝える。この橋を跨ぐと二人目の私がいる。

ひとまず橋の半ばまで脚を進めると先程まであんなにも弱々しかった星々がしっかりと輪郭を帯び、向こう都市と面と向かっていた。地平線に目をやればまた一つ異国に旅立つ渡り鳥が赤い光を瞬きさせて飛び立って行く。
胸骨に響く風が私を置いて行き、その先へと流れて行く。後ろ髪を引く無能さにより橋の先端まで行かずに出口まで引き返すことにした。

橋の右手でとうの昔に溺れ死んだ私があの頃無くした小指の指輪を死してなを探していた。それは祖母と祖父の結婚指輪で裏にはしっかりと記念日と違いの頭のスペルが彫られていたと思う。くどくどしさもまた今の私にはなくとても哀しく思えたのだから人間皆薄情なのだ。

嘘とくどさと寂しさと。その頃の私はそれで形成されていて諦めのつかない夢を片手に誰か、誰か私に触れてくれ。万物の母のように私に情論を歌ってくれー
そんな情けのない青年だった。伊達の薄着で他者を馬鹿にしその罪悪感から己の無力を知る、そんな十代の私は水の中で膨れ上がって真っ青になり短い髪を尾鰭のように揺らしながら必死にその指輪を探していた。
阿呆らしいよ。そう言い捨て私は砂浜を置いて高速下の歩道に移り歩いたのだった。

いくつも連なった柱が織り成す遠近法に寒さと怖さを思い返され向こう都市のネオンが恋しくなった。
虚無の羽は私をどこまで運んでくれるだろうか?

左手には森と言うにはあまりに人工的で林と言うにはあまりに狭い木々が鹿爪らしく四季の有無について語り合うのをみて馬鹿にお気楽な奴らだなと思いふと国立大学なんかの浮き足立った学生達の始発での会話を思い出した。飽き飽きして右側に目をやるとネオンの光を背景に過去の私達が寂しそうにこちらを観ていた。地平線はもうすっかり夜と意気投合して姿なく同化している。

さようなら愛しい君よー
そう置き文をして私は二度と振り返らない事を寂しげに悟る。遠い夏に花言葉を押し付けた梅雨過ぎの女学生の叶わぬ恋。想いの偏りは問題ではない。息をして、人を知ってしまったことが問題なのだ。
そうしてまた一つ渡り鳥は飛び立っていった。

十分ほど歩きコンクリート打ちっ放しの入り口に辿り着く。びっしりとこびり付いた残り香を点鼻薬と煙草で消し、もう二度と来ない事を煙に乗せて海に届ける。
左端の方でマリワナを吸い、飛んでいる私の泣き叫ぶような歌声を聴いて思わずハイボールを吹き出した。彼はきっと幸せから絶望を歌っているのだなと思う、だからあの歌はどこか気楽で中庭の落ち葉に似ているのだなと思い立ち手を合わせた後、吸いかけの甘い煙草を投げてやった。

それから妙に急な階段を一段一段下駄を引いて登った。最後の一段を登り終えて二階の広場に脚をかけてから最後に、本当に最後に振り向いて
グッドバイ、ありがとう。そう呟く裏でお前達は此処にいていいよ、そう唱え私の名を教えた。
出口までの急勾配な坂をゆっくりと下り缶のハイボールを一口。

塩水の味と仕合わせを呑み込んだ。

いつの世も仏の顔は三度まで、若気の至は二十歳までだ。

十日の菊は六日の菖蒲と仲良く手を繋ぎ、背中の影を夜の波に溶かし何時迄も笑っている様な気がした。

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