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『旅先でお仕立て・1』

 この話は2022年7月4日にトラベラーズノートのウェブサイト「みんなのストーリー」に掲載された旅のストーリーです。そのままここに掲載いたします。これは掲載第177作目です。

 アジアの面白さを知ったのは休暇で1992年に初めて訪れた返還前の香港だった。大学を卒業してアメリカの航空会社に就職して三年目だった。

 学生の頃から海外といえば欧米一辺倒だった。身に付けた英語が通じるところにしか関心がなかったのかもしれない。

 初めての香港では英語がよく通じた。長い間英国領だったのだから当たり前なのだが、それくらい関心がなかった。

 わざわざヨーロッパやアメリカに行かなくても同じようなものが手に入り、わずか数時間のフライトで飛んだ先にこんなに面白いところがあったなんてと思った。香港がきっかけとなり、台湾やシンガポールなど、他のアジアの国々にも興味を持ち始めた。

 自社便が成田からアジアの主要都市に毎日運行していた。入社三年目から機内サービス部で機内販売した免税品の売上の管理をした。売上を持ってきたアジア各国の乗務員たちと週5日顔を合わせ、各国の貨幣に触れていた。アジアの他の国々に興味を持つ環境はいつの間にかじわじわと包囲されるように整っていった。

 アジアの各乗り入れ地との全く関わりのない部署での勤務だったらと想像する。例え航空会社にいたとしても果たしてアジアに関心が向いただろうかと思う。

 1992年の「初アジア・初香港」があまりにも面白く、翌1993年に休暇を取って再訪した。当時の啓徳空港に漂っていたアジアの空港特有の匂いに最初は面食らった。すぐに慣れたが結構な刺激臭だった。しかし、二度目に降り立ったときには、その刺激臭が意識を香港モードにしてくれる気付けのように感じられた。

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返還前からの香港好きの方にはたまらない景色なのでは? 今回はこの景色が日常だった頃のお話です。

 その二度目の香港では、前年の「初香港」の行程をなぞりつつ、事前に収集した情報を元に自分なりに香港を楽しんだ。

 再訪に備えて集めた情報の中に「BRUTUS」や「GULLIVER」があった。インターネットの普及はまだ何年か後だった。旅行雑誌や旅の特集記事が存在感を強く発揮していた時代だった。

 「GULLIVER」はもうないが、1992年、1993年頃の両誌にはまだバブルの名残が残り香程度はあった。記事の間の広告の豪華さといったら現在の雑誌広告の比ではなかった。

 2022年の今、改めてその当時の雑誌を見返した。記事はもちろん、特集にはかなりの予算が当てられていたのが想像に難くない。

 あれは「BRUTUS」・・・いや、「GULLIVER」だったか。何故かその号だけ手元にないどちらかの香港特集にテーラーの記事があった。香港にいる腕の良い仕立て人は上海から来た「上海テーラー」と呼ばれている人たちという内容だった。その歴史についても触れられていた。「上海テーラー」というワードが強く印象に残った。

 その記事で紹介されていたテーラーは、ヒルトンホテルの中にあるということだった。1993年当時香港島にヒルトンはまだあった。スーツはもちろんワイシャツもオーダーメイドしてくれることも記事にあった。

 参考として出ていたオーダーワイシャツの値段は、当時日本で買っていた既製品とほぼ同じかいくらか安かった。次に香港を訪れたときには、ワイシャツを仕立ててみるのも面白いと思った。

 「旅の恥は・・・」ではないが、たとえ失敗に終わっても笑い話になるだろうし、いい経験になる。せっかく休暇を取って出かけて行くのだから普段日本でやらないことをやってみようと思った。

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この話を書くにあたり、手元に残っている香港で仕立てたワイシャツをクリーニングに出しました。海外出張の際にクリーニングが間に合わないワイシャツもスーツケースに入れて、現地のホテルでランドリーに出していたことを思い出しました(苦笑)。写真と同じ状態で返してもらって日本へ持ち帰り、翌日からの出勤に困らないようにしていました(苦笑)。パックされたワイシャツを見てそんなことを思い出しました。2泊4日の出張で5, 6枚のワイシャツがランドリーできれいになって手元に。汚れも経費で落ちたかどうかは忘れました(苦笑)。

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開封して襟のボタンダウンを留めた状態で撮ってみました。既製品との違いが伝わるでしょうか。

 いまでこそ普通になったノーネクタイでの所謂ビジネスカジュアル。その前には金曜日だけノーネクタイのカジュアルフライデーがあった。しかし、カジュアルフライデーがアメリカ本社も含めて全社的になるのはもう数年あとだった。出社の際ネクタイをするのは当たり前だったので、ワイシャツは必須だった。

 女性が多い職場だったし、毎日各国の乗務員と顔を合わせていたので、その頃はワイシャツとネクタイには結構気を使っていた。振り返るとクリーニング代も結構かかっていたはずだ。

 1993年の二度目の香港にはそのテーラーの記事が載っている雑誌を持っていった。そのときの宿泊先は九龍のシェラトン。テーラーが入っているヒルトンは香港島のセントラルにあった。九龍から地下鉄で行った。

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上が返還前にもらったシェラトンのステッカー。参考までに下は返還後にもらったもの。返還前の色のほうが断然気に入っています。当時の自社の機内食のトレイの色もバーガンディーでした。ここ20年こんなに凝ったホテルステッカーは見ていません。

 ヒルトンに入って迷うことなく目指したテーラーに辿り着けた。店内には仕上がりのサンプル、引取を待っている多数の完成品、様々な生地がところ狭しと置いてあった。やはりテーラー、ブティックとは違う独特の雰囲気があった。

 対応してくれた我々日本人とあまり変わらない見かけの人が「上海テーラー」だったのだろうか? 全く照れることなくこちらの要望を英語で伝えるといつの間にか採寸が始まった。あっという間に主導権を握られて、「俎板の鯉」になっていた。

 首周りはネクタイをした状態を、左の袖口は腕時計をした状態を考慮して採寸してくれた。お仕立てでは当たり前のことなのだろうが、感動してしまった。これが腕利きの「上海テーラー」の技なのだと理解して勝手に感心していた。

 生地を選ぶ段階になった。間髪入れずシーアイランドコットンでと告げていた。初めてだから着慣れているオックスフォードでなんてこれっぽっちも思わなかった。記事で名称を知っただけのシーアイランドコットン。どんな生地なのか想像もつかなかった。

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上がオックスフォード地で下がシーアイランドコットンです。違いが伝わるでしょうか。シーアイランドコットンは普通の綿より肌触りが数段いいです。

 お仕立てが失敗に終わっても「香港でシーアイランドコットンのワイシャツを仕立てた」という経験は残る。それでいいと自分に言い聞かせていた。シーアイランドコットン・・・本当はその名称にすっかり魅せられていたのだ。

 テーラーなのでアルバムのようになっている生地の見本を見せてもらって触らせてもらったはず。完全に舞い上がっていたのか、全く記憶にない。

 採寸が終わり支払いを済ませた。ワイシャツを仕立てるなんて日本ではありえなかった。お直しではなくお仕立てである。

 店を出たときに「やりきった感」があった。高い買いものではなかったが、ずいぶん背伸びをした買いものをしたなとも思った。

出来上がりは翌日。ホテルに届けると言ってくれたのを断って自ら取りに行った。

 翌日人生初の「お仕立てワイシャツ」をホテルの部屋で開封して袖を通してみた。着心地と初めてのシーアイランドコットンの肌触りに感激。わずか一日でこの出来栄え。いや、採寸から24時間経っていなかったはずだ。日本からわずか数時間飛行機に乗った先にこんな世界があったとは。

 この旅で香港がますます面白くなった。社員の特典でフライトを取り、週末の前後に有給休暇を一日付ければ、可能な限り何度も再訪できると思った。

 美味しいものを食べ、いい酒を飲み、自分の体にフィットした世界に1枚しかないシャツを作る・・・最高!と思った。まだ20代半ばだった。世の中をなめてかかりそうになった。

 トラベラーズノートが世に出て出逢うのはその当時からまだまだずっと先の話。トラベラーズノートをカスタマイズするずっと前にワイシャツをカスタマイズしていた・・・と言ったら少々カッコつけ過ぎだろうか。

 香港でオーダーメイドの面白さを知ってしまった。休暇で再訪する度にワイシャツをオーダーした。襟でも袖口でもこちらの要望が何でも形になるところが面白いったらなかった。

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こだわった襟。上下違いが伝わると思います。ネクタイを締めるとさらにいい形になるのです。テーラーのタグが見えますね。そのテーラーは香港島のヒルトンがなくなった後で、九龍のシャングリラに移りました。何度か行きました。調べたところ、シャングリラにそのテーラーはいまはもうなく、別のテーラーが入っていました。

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こだわった袖口。あえて折り返してあります。半袖のワイシャツでは当時この袖口でおしゃれをしているつもりになっていました(苦笑)。

 気が付くとクローゼットの中のワイシャツは既製品よりも香港のテーラーで仕立てたものが多くなっていた。

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香港で仕立てたワイシャツで現在手元に残っているのはこれだけです。長袖で襟にこだわったものが何枚もありましたが全てとっくに着つぶしました。

 その後オーダーメイド・お仕立てはワイシャツだけに留まらなくなっていった。その話は「旅先でお仕立て・2」に譲ることにする。恥ずかしさが込み上げてきて書けないかもしれないが・・・。

追記:

久しぶりに香港の話を書きました。調べたらこれまで香港の話はこの話を入れて20話書いていました。「蝦蛄(シャコ)」と「Good Old Days」は香港好きの方には楽しんでいただけると思います。未読の方は是非合わせてご笑覧ください。



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「おとなの青春旅行」講談社現代新書

「パブをはしごして、青春のビールをーイギリス・ロンドン」を寄稿


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