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『待ち焦がれて』

 この話は2021年10月にトラベラーズノートのウェブサイト「みんなのストーリー」に掲載された旅のストーリーです。現在も掲載されています。そのままここに掲載いたします。現在も「みんなのストーリー」に毎月一作旅の話を書いています。これは掲載第168作目です。

 台湾のローカルフードがグッと身近になった。コロナ禍に左右されることなく、その場でイートインやテイクアウトも出来るお店が規模の大小を問わず増えてきている。メインとして据えているメニューもお店によって様々で興味深い。

 コンビニにもお弁当にしたものからスイーツまで現地のものを出来る限り再現したものが並んでいる。各社の競合で食べ比べが出来るくらいだ。こちらが知らなかったものまで出てきているのには感心した。例えばドーナツやカステラなど。

 その「台湾ローカルフードブーム」に牽引されたのか、最近大型書店を訪れたときに、台湾に関するガイドブックや書籍がかなり増えた気がした。

 昨夏の一日、仕事帰りのコンビニで朝食を特集した号の雑誌「BRUTUS」が目に留まった。もしやと思いながらパラパラとページを繰ると、やはりあの台湾の朝ごはんを専門にしている五反田のお店が載っていた。

 平日でもかなりの行列ができ、売り切れ御免で午後の早い時間に店じまい。土曜日はイートイン、テイクアウトを問わず入店に必要な整理券が配布されるあのお店だ。

 馴染みのお店がメディアに出てしまったときのがっかりといったらない。これまで何度もがっかりさせられてきた。しかし、そのメディアへの露出によって、これまで知らなかったお店を知ることが少なくない。メディアへの露出はお店にもお客にも両刃の剣なのか・・・。

 これでまたあのお店では行列と整理券配布の日々が続くなと思いながら記事を立ち読みした。一瞬目を疑った。これまでメニューになかった大好物のファントワン(台湾のおむすび)の写真が載っていたのだ。動揺したのか別の買いもので立ち寄ったのにその「BRUTUS」 だけを買って家路に就いていた。

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ファントワンの写真に動揺したのか他の買いものを忘れてこれだけ買って帰りました。

 記事によると、既に何度も台湾の朝ごはんを食べに行ったそのお店で近々ファントワンがメニューに加わるとのことだった。これは始まったらすぐに行かなければと思った。お店のSNSを日に何度もチェックする日々が始まった。

 台湾の朝ごはんと聞いて真っ先に目に浮かぶのはファントワンだ。出逢いは2007年の台北再訪時だったと思う。2000年にホテルの近くを散歩しているときに偶然見つけたその朝ごはんのお店を再訪したときだった。

 店内で食べている人やテイクアウトしていく何人もの人たちを見て食べてみた。あまりの美味しさにこれは再訪の度に必ず食べなくてはと思った。

 同時に何度も台北や高雄を訪れていながらそのときまでファントワンを知らなかったことを悔いた。

 2014年に母と弟夫婦と台北を訪れた。宿泊は僕の馴染みのハワードプラザだった。せっかく台北に来てホテルの朝食では味気ない。さてどうする?となった。僕が先頭に立ってみんなをその2007年に再訪したお店に案内した。

 ホテルからメインストリートを10分弱歩いてお店に到着。人集りがしている店の外観は見紛うのが難しいほど初めて訪れたときと寸分違わなかった。

 みんな一回でファントワンの虜になった。3泊4日の旅の朝ごはんは全てそのお店でのファントワンとシェントウジャン(豆乳スープ)になった。 

 みんな最初はどこまで連れて行かれるのだと思っていたようだった。次からはあの美味しい朝ごはんがまた食べられるのならと空腹を抱えての10分弱の徒歩は苦にならなかったようだ。

 振り返れば自分の好きな外国の朝ごはんのメニューが家族との思い出の朝ごはんになっていた。

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2007年に台北で食べたファンとワン(右)と台湾風のパンに薄く焼いた卵焼きを挟んだサオピン(左)。

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2014年の台北再訪時に滞在中毎朝食べたものがこれです。  

 一日数回の五反田のお店のSNSのチェックがすっかりルーティーンになったある日、とうとうファントワン開始の告知が出た。

 せっかくの土曜日に整理券を手にして入店を待つのは避けたかった。有給休暇を取ることにした。お店でのファントワンの詳細が掴めないまま母と弟夫婦のテイクアウト分のリクエストを承って出かけて行った。

 平日にも関わらずそこそこの行列。待ち焦がれた懐かしい味との再会はまだもう少し待たされることになった。

 ようやく注文の順番が来た。先ずテイクアウトの分を注文して家族の分を確保。次にその場で食べる自分の分とシェントウジャンを注文した。

 会計時に渡された番号札にある番号が呼ばれた。テイクアウト分とトレイに載ったイートイン分を手に空いていた席に着いた。

 ウエットティッシュで念入りに手を拭いて、シェントウジャンを一口啜り、ファントワンを袋から取り出し、「待ってました!」とばかりに一口ガブリ。2014年から待ち焦がれていた味が口の中いっぱいに広がった。これだ!美味しい!涙は出なかったがバンザイはしたくなった。

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2014年以来待ち焦がれていてついに東京で再会したファントワン。

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家族に頼まれたテイクアウト。結構ズシリときました。

 待ちに待って食べてファントワンは台北で食べたものより少々握り具合が柔らかかった気がした。本国ではお店によって形や中身の具が様々らしい。もち米の炊き具合も様々だろう。

 五反田のお店の方が台湾で食べて、日本でこれをやろうと決心するくらいの衝撃を受けたファントワンの握り具合が恐らくこれくらいだったのかもしれない。

 具のひとつであるヨウティアオ(揚げパン)ともち米が一緒になったところの歯応えが好きなところ。そこは現地のものと同じだった。本物で本当に美味しいと思った。

 お店のオーナーが食材を台湾から取り寄せ、長い時間をかけて研究に研究を重ねたことを仄聞していた。努力の賜物とはこのことだと思った。日本にいる台湾好きの皆さん、遂に食べられるようになりましたよと声を大にして伝えたくなった。これでお店がますます混んでしまうのは少々辛いなあなどと心の狭いことは言わないことにして。

 これは間違いなく流行るとか、次はいつ買いに、もしくは食べに来ようかなどと考えながら味わった。

 ふと我に返り、首を長くしてファントワンを待っている母と弟夫婦に一秒でも早く届けなくてはと思った。お椀に残っていたシャンドウジャンをサッと飲み干して席を立った。セルフサービスで食器を返す際に「本当に美味しかったです」とスタッフの方に告げてお店を出た。

 帰宅してそれぞれ同じ建物の別の階に住んでいる母と弟夫婦に届けた。その日弟夫婦はテレワークでタイミングよく在宅。各自すぐに頬張ったようで、僕が自宅に戻り一息着いたときにはもう「美味しかった」というLINEメッセージが届いていた。家族も何年も待っていのだ。

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直近ではこんな感じでした。お店の方に無理を言って撮影用に半分に切っていただきました。

 その後も一月置きくらいのペースでファントワンを買いに行った。形や大きさが毎回微妙に異なるところにより本場に近づけたいという試行錯誤が続いているのが感じられた。

 あるときから大・小の二種類の大きさから選ぶようになった。またあるときから購入数の上限ができた。作るのに時間と労力が他のメニューよりかかるからだろう。

 多分非常識な数量を注文したお客がいて、楽しみにしてやってきた他のお客に行き渡らなかったことがあったのかもしれない。あって欲しくないことだが。

 つい先日も五反田へ。ファントワンをかじり、シェントウジャンを啜りながら、どこか都内でファントワンが食べられるお店が他にはないだろうかとぼんやり考えていた。

 前回外苑前のお店のイングリッシュ・フル・ブレックファストの話を書いた。そのお店のレギュラーメニューに台湾の朝ごはんもあった。その中にファントワンがあるのを思い出した。思い出した途端にそこのファントワンが気になり始めた。食いしん坊の性でそのお店を再訪するスケジュールを立て始めていた。

 五反田のお店でファントワンをかじりながら外苑前のお店のファントワンに想いを馳せている自分が少々恥ずかしく思えた。

追記:

これまで台湾の朝ごはんについては以下のタイトルで書いてきました。是非合わせてご笑覧ください。

『旅先で食べたもの・1』

『旅先で食べたもの・11』

『週末ちょっと早起きして台湾』

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「おとなの青春旅行」講談社現代新書                「パブをはしごして、青春のビールをーイギリス・ロンドン」を寄稿


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