【園館訪問ルポ】ノスタルヂアに惑わされるな(前編)――宇都宮動物園(栃木県宇都宮市)/池田動物園(岡山県岡山市)
帰ってくるな。私たちを忘れろ。手紙も書くな。ノスタルジーに惑わされるな。……自分のすることを愛せ。――「ニュー・シネマ・パラダイス」
「戦後日本」の子どもたちは娯楽がまだ少なかった時代、動物園を、生きた動物たちの雄姿を求めました。大人たちはその要望に応えました。ゾウが、カバが、ライオンが、ゴリラが、海の向こうからやってきました。日本全国で動物園が産声を上げました。
「日本人は生涯に三度、動物園を訪れる」という言葉があります。こうした固定化された動物園観は、これほどまでに動物園が普及した「戦後日本」という時空間を生きてきた人々の生活様式に埋め込まれ、繰り返す日常の中で「そういうもの」になってしまったのかも知れません。
アジアゾウ「宮子」の前で幼い子を抱き上げ、記念写真を撮影している夫婦がいました。ここは栃木県宇都宮市の民営動物園、宇都宮動物園。1974年(昭和49年)に宇都宮へやってきたという宮子は、何度この風景を見てきたのでしょうか。
宇都宮動物園はノスタルジックな遊戯施設も園の目玉としています。遊具から「サザエさん」のテーマソングが園内に流れていました。宇都宮動物園は国内ではとびぬけて長い歴史のある園ではありませんが、いま、こうした特徴を持つ動物園は少なくなりました。
あるいは、自治体の予算という背景を持たない私立動物園だからこそ、「レトロさ」が基軸に残されてきた、と述べることはできるかも知れません。
岡山県岡山市の池田動物園も、民営であるがゆえのノスタルジーを感じさせる動物園でした。
岡山藩藩主の末裔、故池田隆政さんによって設立され、現在は隆政さんの妻で上皇陛下の姉でもある厚子さんが園長を務めていますが、財政難が報じられるようになり久しい状況です。
では、「レトロ」だから旧態依然としているのだろうか。ふたつの園を歩き、必ずしもそうとは言えない、と私は考えます。
池田動物園では、サル舎のリフォーム提案を求めるパネルを目にしました。また、「環境エンリッチメント」という考え方の教育普及にも熱心です。
予算に限りがある中で財政的に余裕のある動物園のような全面改修は難しくても知恵を絞ろうとする同園の取り組みは、2018年には「エンリッチメント大賞」奨励賞により評価されました。
一般社団法人「池田動物園をおうえんする会」やボランティアーズも立ち上がり、園の運営に対し様々な形での地域の連携が進められています。
宇都宮動物園は、2001年(平成13年)に死亡したキリンが誤飲した大量のビニール製品を2019年9月の訪問時点で掲示し続けていました。悲劇を語り継ぐ執念のような、気迫のようなものを感じる掲示物でした。
古い教訓を守り続けるだけではありません。ホワイトタイガーの尾に触れるトレーニングの様子も公開されていました。こうして刺激に馴らすことで、麻酔をかけずに採血が行えるようになります。「ハズバンダリー・トレーニング」と呼ばれ、ヒトと動物双方の無理のない健康管理のため近年の動物園で重視されています。
「今」の私たちから見て「レトロ」な印象を受けるような場所も、確かに「未来」に向かって前を向いています。
「ノスタルジーに惑わされるな」と、『ニュー・シネマ・パラダイス』のアルフレードは言いました。時代は歩みを止めません。変わらないと思われているような場所にも、変化は静かに訪れています。
むしろ、変化を恐れているのは古い記憶に縋り付きたがる私たち自身なのかも知れません。
「古くて新しい」動物園の風景から出発し、「動物園って、こういう場所だと見なされてきたんだ」という郷愁にも似た感覚と、変わりつつある過程を目の当たりにできることの意味について、本編に続く中編、後編ではもう少し掘り下げていきます。