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眠っているときだけ私は私を手放せる

ここ最近、めっきり具合が悪い。「具合が悪い」というのは、あらゆる意味を包括しているのでいい言葉だなと思う。「体調不良」だと、これは身体的な不調しかカバーできない。「具合が悪い」だと、身体の可能性もあるし、心の可能性もあるし、どっちもの可能性もある、なんにせよ、元気じゃないんだな、ということは伝わってくれる。

今も具合が悪いのだけど、そういえば具合が悪いの真っ只中にいるときにあまり文章を書いたことがなかったなと思ったので書きます。私の場合です。

具合が悪くなってきたな、と気付くのは、大好きなお笑いに対しての反応が悪くなったとき。そもそも好きなものに対して、積極的に触れようとしなくなるのは、意欲の低下とかそういうもので表現されて、ググったら「鬱の始まりかも?!」みたいな記事がよく出てきます。でも鬱というのは診断基準がちゃんとあって、鬱と抑うつ状態も違うので、あまり「私鬱なんだ!」みたいに思わないほうがいいと思う。病気の自己判断をしちゃう気持ちは分かるけど(私もたまにしてしまう)、基本的に病院にかかってお医者さんに診てもらうのがいいです。餅は餅屋。(ただ、自分に合う医者かどうかというのもまたあって、これは本当に難しい。あと予約が1ヶ月先まで取れないとかもあって、これもどうにかならないかなと思う。ちゃんとした診察をするために予約制にしていると思うから、予約制自体を悪者にはできない。医者も人間なので、働きすぎると死ぬ)

で、楽しみにしてたネタ番組を見れなくなった、ラジオも聞けなくなった、YouTubeも見れなくなった、となっていたらもう結構自分の中では具合が悪い。そこまで来てると、本とか映画とか音楽はすでに触れられなくなっている。一番最初に無理になるのは演劇で、何故かというと演劇は感情を刺激する力が一番強いと思っているから。チケットを取っていても見に行けなくて、リセールがあったら出したりとか、そういうことをする。
具合が悪いときは、いかに感情を動かさないようにするかを考えるので、普段の私を支えてくれる娯楽が全く受け入れられなくなる。好きなものに触れられないというのはとても悲しい。でも無理に触れて、やっぱり無理だわってなっちゃうほうが、私の好きなものに失礼なので、好きなままでいたいから、好きなものから離れる。

具合が悪いが進行すると、仕事も作業効率がめちゃめちゃ下がる。私は仕事が社会からの承認に直結していて、仕事をしていることで社会に存在する許可を貰っていると思ってるので、ほんとはあまり良くない歪みの中にいる。でもこの認知の歪みを治すのには色んな要素を扱わないといけないので、きっとめちゃめちゃ時間がかかるから、人生の課題なんだと思う。
まぁ、という訳なので、少し具合悪くても仕事を無理やりやろうとするんだけど、ここで、「具合悪いから休みな!」って仕事の休止を求められると、私の認知の歪みのせいで、社会から排除されてしまったという新しい具合の悪さが生まれる。面倒くさい人間だなと思う。その歪みを直すために、「社会からの排除ではなく、単純に具合悪そうだから休みなって言ってくれてるんだよ、思いやりなんだよ」と自分に言い聞かせようとするんだけど、他者にはかけられる言葉を自分には言ってあげられないし納得もしない。ここにも歪みがあります。全方位を歪みに塞がれている。

あとは、具合が悪いととても眠くなる。というか、寝る以外何もできなくなってしまって、気持ちがどんどん塞いでいくので、「寝逃げ」と言っているのだけど、それをする。眠いし寝ないとしんどいので、とにかく寝る。何時から何時までは必ず起きて働いていなければならない、という仕事の仕方ではないので、寝て起きたら少しでも具合が良くなっていますようにと眠る。
「寝逃げ」のいいところは、起きている間感じなくてはならないしんどさを感じなくてすむところ。私が何かを感じる必要がない。判断する必要もない。夢の中の私は勝手に動き回っているので、私に責任はない。私が私から離れられる唯一の時間が睡眠。

今回の具合の悪さの原因と考えられるのはいくつかあって、それはコロナの感染拡大が止まらないことや、家族との距離感を探っている途中であることや、とにかく寒いことや、あとはもう私の無意識レベルで感じている何かがありそうということや、そこらへん。特定はできないけど、基本的に具合の悪さというものは複数の原因がある(と思っている)ので、これを取り除けば万事解決みたいなことは起きない。
今回特に大きなつらさとなっているのが音で、前から大きな声とか大きな音は過剰にビビってしまうのだけど、あらゆる音が本来以上に大きく聞こえている気がする。キッチンタイマーが鳴り続けていると責められている気持ちになったり、親の独り言ですらうるさいな、と思ってしまう。人と音声でのコミュニケーションを取ることもしんどくなるので、親に話しかけられてもあまり反応ができず、あの時ちゃんとコミュニケーション取れなかったなと凹む。余裕があるとこんなことにはならないので、何かしらの具合の悪さがあることは明らかである。

夕方には、自分が何をしたらいいのかが分からなくなってしまった。タスクはあるからそれをやったらいいのに、できない。それどころか、自分がこの部屋、この家のどこにいればいいのかも分からなくなってしまった。この時間、私はどこにいれば適切なのかが本当に分からなかった。どこにいて何をしても間違っている気がして、そうすると自分というものからも離れていく気がして怖かった。

23時ならベッドの中にいても許されるだろうと思って、横になりながら書いているのだけど、許されるってなんでしょうね、誰に許しを請いているのか。本当はそこまで負荷がかからない仕事をしようと思っていたのだけど、やらなきゃ、と思った途端頭が固まったのでやめました。今日は13時間ぐらい合計寝ていて、それでもまだ眠いということは、眠る必要のある具合の悪さということなのでしょう。

『急に具合が悪くなる』という良い本があって、具合が悪いなと思うたびに読みたくなるのだけど、具合が悪いときは本が読めないので、少しでも余裕が出てきたらまた読みたい。


何も受け入れられないときに、1つだけ聞けるものがあって、YouTubeに結構動画が上がっている、焚き火のやつ。

https://youtu.be/RRhtExTPwvg

早く具合が良くなるといいね。

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