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「人の生きる姿」を見せてくれたシン・エヴァンゲリオン劇場版

「シン・エヴァンゲリオン劇場版」を見てきた。

***ネタバレを含みますので、ご注意下さい。***


いろんな感想がネット上にはあるが、ずっと自然や環境を対象に研究をしてきた性なのか、自然なものに心惹かれてしまう。前半に描写されていた、第三村でのシンジたちの生活の様子は、まるで今の人類の未来の一つの可能性を描いているようで印象的だった。人の業によって世界中が荒廃し、人類の住める地域はわずか。まるでナウシカの世界を見ているようだ。昭和を思い起こさせるような農業を中心にしたライフスタイルに変貌しており、エヴァンゲリオンのSFさとは対をなす穏やかな世界が広がっていた。人の業によって、世界は変えられてしまうのだということを思い知らされ、現に私たちは相当の力を手にしている。まさにアントロポセンな世界だ。

映画で再び登場した加持リョウジ。生物学者として様々な生命の自然な状態での保存と存続を望んだ彼は、「破」でサードインパクトを止めるために自ら犠牲になったと知る。彼が残した研究や、NERVから奪ったウンダーが、第三村での「自然の中で懸命に生きる人々」を支えているという、彼の世界への貢献の大きさが、映画の中では示されていた。

ヒトの弱さを認めずにヒトをヒトあらざるものへと変えようとしているNERVと、ヒトが自然とヒトとの繋がりの中で生きることを選ぶWilleとの闘い。最終的には、自分の弱さを認め、ヒトとヒトとのつながりの中で生きることを選んだシンジの導きにより、ゲンドウは己の本当の望みを知り、ユイとともにエヴァンゲリオンとともに消滅した。

まだ一度しか見ていないので浅はかな考察になっていることと思うが、この現実の自然と人の業とのバランスをよく考えてきた自分にとって、このエヴァンゲリオンシリーズは非常に示唆に富むすばらしい物語であった。人の社会は、偶然とヒトとのつながりでできているのだと、最近はよく思う。そんな自分の曖昧な思考が、シン・エヴァンゲリオンによってより深まっていく気がする。また見よう。

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