18.山風蠱(さんふうこ)~腐敗の一掃①

六十四卦の十八番目、山風蠱の卦です。
爻辞はこちらです。
https://note.com/northmirise/n/n2c3c7a652824

18山風蠱

1.序卦伝

喜びを以て人に随う者は、必ず事(こと)有り。故に之を受くるに蠱を以てす。蠱とは事なり。

雷地豫は喜ぶこと、沢雷随は随うこと、比較的喜ばしい卦が二つ並んだあとに、腐敗を象徴する山風蠱の卦が来ます。

喜んで人に付き従って行く後には、油断の隙を付いて腐敗が生じ始めます。腐敗は放っておくわけにはいかず、それを取り除くための一大事業が起こります。

2.雑卦伝

蠱は飭(ととの)ふるなり。

物事が久しくそのままあって、色々な弊害を生じて腐りかけてきたので、これを整理して刷新するのです。

3.卦辞

蠱は元に亨る。大川を渉るに利し。甲に先だつこと三日、甲に後るること三日。

山風蠱の「蠱(こ)」の字は、何とも薄気味悪いものです。皿の上に虫が三匹ある形です。これは皿の上にある食べ物が腐敗していることを象徴する字形です。

どんなに良い政治、良い経営をし続けていたとしても、その良い状態がいつまでも続くことはありません。所詮は人間の成すことですから、必ずどこかに隙が生じて、そこから細菌が繁殖して少しずつ破壊されていきます。これは自然の摂理であって、防ごうと思って防ぐことのできるものではありません。

古代中国の思想であり、易の根本的な思想でもある「天人合一思想」は、天地自然の働きと人間社会の働きは同じ原理の元に動いているものであり、すなわち人間社会は天地自然の働きを見習って運営すべきである、という思想です。天・地・人の働きが調和することで、何事もスムーズに運んでいくものであり、これがスムーズでないと、色々な災害が起こる、というのです。これを非科学的であるとか、迷信であると片付けるのは簡単です。近現代の思想は、この天人合一思想と対極的な思想であったと言えましょう。人間が天地自然を支配して征服する、という思想です。その結果として生じているのが、環境破壊問題です。さて、一体どちらが正しい思想なのでしょうか。

つまり、人間の組織が腐敗するということは、天人合一思想に基づいた摂理である、ということです。腐敗という現象には、意味があるのです。この卦は、上が艮の卦で、下が巽の卦です。山の下に風が吹いています。風が吹いて山の木々を揺らし、地面に落ち葉がたくさん落ちて、その落ち葉が腐っているのです。腐敗した落ち葉は、土壌の栄養となるのです。自然の循環として、まことに有益なのです。だから腐敗は喜ばしいことなのです。これを汚いとかジャッジして忌み嫌うのは、人間の勝手なエゴイズムなのです。

この卦を別の方向から見ると、上の艮の卦は少男で、下の巽の卦は長女です。年上の女が年若い男を誘惑する図式とみることもできます。艮の卦は止まっており、巽の卦はへり下っております。へり下るということは、悪く言えば、誘惑するとも言えますし、相手のなすがままに任せるとも言えます。上の少男は、仕事をせずに動かないのです。下の長女は、その自堕落ぶりを諌めようともせず、あるいは誘惑して余計に悪い方向へと向かわせようとするのです。

治が極まれば乱を生じ、乱が極まれば治を生じます。今の状態は、乱の極致であると言えます。ここから何らかの行動を起こすことによって、乱を治に向かわせしめる絶好のタイミングだということです。時の宜しきを得ているのです。腐敗した部分を除去することによって、以前よりも更に良い状態にする絶好の機会なのです。ですから「元に亨る」と最大級に近い賛辞を送っているのです。「大川を渡るに利し」と励ましているのです。もう駄目だぁ~、という絶望ではないのです。

互卦の外卦は、震の卦です。互卦の内卦は、兌の卦です。震の卦は動くことの象徴であり、兌の卦は悦ぶことの象徴です。腐敗を嘆き悲しむのではなく、むしろ腐敗を一掃して新たなステージに立つために必須のイベントであるとポジティブに捉えて、動くべきなのです。

さて「甲に先だつこと三日、甲に後るること三日」とは、どういうことか。甲(きのえ)とは、十干の始まりです。行動を起こす初日を指します。先立つこと三日とは、甲より前の三日間、辛(かのと)壬(みずのえ)癸(みずのと)の三日間を指しますが、それほど具体的にこだわる必要はないです。せいぜい数日間とか、数週間とか、そんなニュアンスで構いません。つまりここで言いたいのは、腐敗を除去するための方針を発令する以前に、その腐敗が生じた原因は何なのか、それを除去するためにはどのような方針を立てて実行するのが最適なのか、勢いに任せて行動を開始するのではなく、よくよく熟慮しなさい、ということです。

甲に後るること三日とは、甲の後の三日間、乙(きのと)丙(ひのえ)丁(ひのと)の三日間を指します。つまり、その腐敗除去の方針を発令した後はどのように状況変化していくであろうか、上手くいかなかった場合の代替案はあるだろうか、ということをよくよく考察して、そして方針を発令した後は、その成り行きをしっかりと見守りなさい、ということです。

腐敗を除去するということは、除去される相手のある話です。その相手は当然ながら抵抗を示しますので、とんとん拍子に上手く運ぶ筈がないのです。ですから、万策を練りに練って、練りに過ぎることはないのです。

4.彖伝

彖に曰く、蠱は剛上りて柔下る。巽にして止まるは蠱なり。蠱は元に亨りて、天下治まるなり。大川を渉るに利しとは、往きて事有るなり。甲に先だつこと三日、甲に後るること三日とは、終れば則ち始(はじめ)有り、天行なり。

この卦の形は、地天泰の初九が上爻へと上り、同じく上六が初爻へと下がったものです。その結果として、初爻と四爻は共に陰爻、三爻と上爻は共に陽応で、不応となり、地天泰の気の開通に支障が生じた形です。二爻と五爻の中位が応じていることがせめてもの救いですが、しかし不正位です。これらの噛み合わなさが、泰の時から一転して腐敗を生む要因となっています。

巽の卦は、巽順にしてへり下り、艮の卦は止まります。下にいるものはひたすら上を窺ってへり下り、上にいるものは現状に満足して動きません。本来は宜しく働くべき二つの徳が、ここでは裏目に出ているのです。

※ 上記はネガティブな解釈ですが、程伊川はこれら全てをポジティブに解釈しているようです。陰爻が下にあって陽爻が上にあるのは正しい位置であり、男は上にあるべきもので女は下にあるべきもので、巽順にしてへり下る道をもって腐敗を治める、と言っております。一体どちらが正しくてどちらが間違っているか、というのはナンセンスであって、どちらも正しいのです。時と状況に応じて解釈は変わるのです。

このまま艮の卦の止まる徳をもって、何もしないでいると、事態はどんどん悪化の一途を辿っていくのですが、ここで止まる徳を正しく活用する道は、「甲に先だつこと三日、甲に後るること三日」です。動き始める前に、立ち止まってしっかりと考えるのです。そして、へり下る巽順の道は、その行動の成り行きに柔軟性を持たせる道であり、かつ行動を熾烈の極に向かわせないための道なのです。

治と乱は、交互に起こります。初めがあれば、終わりがあります。終りがあれば、始まりがあります。天地の運行はそのようにして動いているものであり、天人合一の道です。山風蠱は、腐敗の終りであり、新たな秩序に向けての始まりなのです。

5.象伝

象に曰く、山の下に風有るは蠱なり。君子以て民を振(ふる)ひ徳を育ふ。

山の下に風が吹き廻り、枝葉を折って落として地上をかき乱している形が、山風蠱です。

君子はこの象をみて、民を激励し、その道徳を養い育てるのです。山風蠱を悪い意味で考えれば腐敗の象徴であり、良い意味で考えれば、風を奮い起こすことで、民を奮い起こす、民の徳を養う、という意味にとることができるのです。

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