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“辞書”と”言語学”の移り変わり

皆さんこんにちは。

シロクマです。

本日は"舟を編む"について記事を書こうと思います。


言葉の意味

皆さんは""という言葉を説明できますか?

日常的に使う言葉ですが、「右は右!」ですよね笑

説明しようと試みましたが「...」と脳が停止しました。


作中では
「西を向いたとき、北にあたる方が"右"」
とありました。(分かり易い)

なるほど。主観的な捉え方で説明するのではなく、万人に共通する方角を用いればいいのか、、、と感心しました。


確かに言われてみれば、我々が日常的に使用する言葉の意味を定義づけるのって難しくないですか?

例えば

見えない"時間"、宗教によって違う""、二字熟語だと、"来週"と"翌週"など考えるだけでキリがない...

つまり、辞書を基礎から作ることは、とてつもない労力を費やす必要があるのです。

先ほどの予告よりも少し長いですが、辞書が出来るまでの過程を解説してくれています。


辞書の移り変わり

私が小学生の頃は紙辞書を使用していましたが、高校生の頃は電子辞書が主流になっていました。

昨今の政府からは、今後、国内でのデジタル化(ICT=Information and Communication Technology)を積極的に取り組む姿勢が見て取れます。

菅首相からはデジタル庁という新たな行政機関を設置し、それらのプロジェクト推進させることに邁進するとも言っていました。

デジタル庁長官には民間人を充てる方針。今後は、デジタル庁がシステムの構築や標準化に向けてデジタル・IT予算と人事権をどの程度掌握できるかなどが焦点になる。

確かに、ドキュメントには"ハンコ"が必要など、リモートワークが推進される中、時代に逆行する日本の古い慣習が浮き彫りになりましたね。


近い将来(既に実例あり)、教育の現場には、全員にタブレットが支給され、重たい教科書をわざわざランドセルに入れて持ち歩く必要もなるなるでしょう。

それは、辞書がタブレット内で常時ダウンロードでき、紙辞書のみならず電子辞書の必要はなくなってしまうと言えます。


現代社会において、"(紙・電子)辞書"という物の存在意義が、昔よりも重要ではなくなっているということです。



紙辞書→電子辞書→タブレットと辞書の在り方が変化する中、我々はただ 「便利な世の中になったなぁ」と、のんびり胡坐(あぐら)をかいているだけではいけないような気がします。

次に、上記で述べたような辞書の移り変わりから見える現代言語学の変化について述べたいと思います。


生成文法 (Generative Grammar)

な、何だこの文法は... と思いますよね。

私も思いました。

強いて言えば、


人間には普遍的に言語をつかさどる基盤がある(基盤=Universal Grammar)


という考え方です。

これは、「現代言語学の父」として知られるアメリカの"ノーム・チョムスキー"によって提唱されました。

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「言葉はハンマーのようなものだ。組立にも使えるし、壊すのにも使える。」

人間は他の動物では到底理解できない言葉を用い、規則的な構造を理解してコミュニケーションをとっている。

我々が日常使っている日本語は、【主語+目的語+動詞】などある程度決まった文法上の規則があり、その規則を反復、または応用して文章を作っているだけですよね。


言語学を専攻していたわけではないので、うまく説明できているかわかりませんが、生成文法をなんとなく理解していただければ幸いです。


しかし、近年、
この生成文法のアンチテーゼとして認知言語学が登場しました。

次に、この認知言語学に関して述べたいと思います。


認知言語学 (Cognitive linguistics)

先ほど、言葉には規則があると述べました。

確かに、我々の身の回りにある、IoTデバイス (Internet of Things) は、そういった規則をベースに言葉を認識し、情報の"Input"と"Output"を繰り返しているように思います。

しかし、これらのデバイスが生成文法の規則を前提に、言葉の認識を試みた場合、文脈を100%理解することは可能でしょうか?


認知言語学な観点からは、不可能です。


なぜなら認知言語学における言葉の理解は、個人の"感じ方"や"捉え方"が文法に反映されると考えられているからです。
(生成文法では、上記のような"感じ方"や"捉え方"から言葉が独立していると考えます。)


例えばこのような文章をあなたならどのように理解しますか?

Next Wednesday's meeting has been moved forward two days.

これをネイティブが理解するように日本語で直訳することはできませんが、

来週の水曜日のミーティングが2日動いた。

という意味が近い翻訳だと思います。


この "Two days (2日)"ずれたのは、月曜日?それとも金曜日

(私は金曜日にずれたと捉えました)


実際にアメリカで調査を実施したところ、この答えは人によってバラつきがあったそうです。


時空の"捉え方"が言葉の理解に影響を与えたのです。

画像の「カエルと未来」の関係を見てください。

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上のカエルのように、時空(未来)に向かって我々が進んでいると考える人は、"金曜日"
反対に、下のような、時空(未来)が我々に対して向かってくると考える人は"月曜日"
に会議がずれたと理解する可能性があるということです。


ふむ。

人によって、言葉の捉え方に差異があるのは当然ですよね。

生成文法が合理的な考え方であれば、認知言語学は経験論的な考え方。


私はこの"認知言語学"の理解の方が生成文法よりもしっくりきます。


私たちと言葉

これまでは、わからない単語を辞書で調べ、理解することが当たり前でした。

しかし、音声認識などの便利機能が登場し、これからは機械が我々の言葉を自動で読み取ってくれるようになります。

つまり、


私たちが言葉を理解する時代 → 言葉(機械)が私たちを理解する時代


に変化しているのではないか!? と言うことです。


現状、「機械が人間のような感覚やニュアンスで言葉を識別できる」とは断言できません。

しかし、そういった現状を打破するべく、アメリカをはじめ、認知科学という新しい学問が生徒から人気を集めているのをご存じですか?


認知科学 (Cognitive Science)

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画像にあるような、神経科学(認知)心理学。また、画像に含まれてありませんが、行動主義心理学 (Behaviorism)など、さまざまな観点から情報処理に関して研究する学問です。


一つの分野から情報にアプローチするというよりも、さまざまな分野から多面的に情報にアプローチする認知科学にかなり興味を持っています。


日本の一般的な大学進学のように、特に理由もなく、興味本位で選択した学問を専攻するよりも、このような新しい分野に飛び込み、ブルーオーシャンを開拓する方が、よっぽど有意義な学生生活が過ごせると思いました。

私がもう一度学生をやり直すことができるなら、認知科学は絶対に進学を検討する学問を一つです。(たとえ海外の大学だけであったとしても)


最後に

新しい発明が我々の生活をより便利にする時代。そうした便利機能は積極的に取り入れて、生活の質 (QOL) を向上させることは当たり前と言えるでしょう。

しかし、その一方で、そうした発明がこれまでの世界に存在しなかった新しい問題を生み出すことを忘れてはなりません。


新たな問題に対し、常に目を向け、固定概念を取り除く習慣をつけなければ、人々の古い考え方は過去に置き去りにされ、時代遅れな人生を歩み続けることとなるでしょう。


我々の周りには、常に問題で溢れています。


"右"の意味を客観的かつ俯瞰的に捉えたように、世界の動きに対しても広い視野を持って観察する必要があるのだと思います。


最後まで読んでいただきありがとうございました。






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