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2度目の高校卒業。いつの間に来ていたこの日。

二度高校に通った記憶がある。

当然、2つ目の通学は事実でない。

しかし、あまりに長いこと夢を見ることが多く、記憶も確かに存在しているので、これは心の中で何かが起こっていたのかもしれないと思う。

もうひとつの高校時代。
それはちゃんと不登校を選ぶことができた自分の世界。

パラレル高校生活のスタート

「もう一度、西南に行かせてほしい」

渋る母のダメを意地でも突き返すと言わんばかりの勢いで母にお願いをした。

心は今のままに、年齢は21歳から。

16歳の頃の追体験をするでもなく、今の状態で入学し、あくまで一度卒業してから学校に入り直したのだ。

西南といえば、今まで暗黒の時代として人生史で蓋をしていた期間。

しかし、パラレルワールドでの僕はその黒歴史を今の力で乗り越えるべく、再び高校生活をやり直すことに決めた。

あくまで大人になった視点をもってあの頃に言えなかった言葉を語る。

そんなことは誰にでもあることだろうが、なぜ16歳の俺に言わせるのではなく、21歳の俺に言わせたのかがいまいちよくわからない。

現実世界にもどるが、今まででは比べ物にならないほどの強い記憶の残り。

これが今年の5月くらいの話だったと思う。

学籍あれど登校はせず

学費は相変わらず親に払ってもらっていた。

母としては払う価値のわからない100万円近い金額を再び払うことへ大きな抵抗を感じているだろう。

にもかかわらず、不登校になっていた。

最初の2ヶ月くらいで学校に飽きていたのだ。

ただ、勉強についてはリアルワールド(と思われる時代)の頃よりも熱心に熱心に取り組んでいたようだ。

ひたすら本を読み耽り、今の友人たちにTwitterを使って会いにいく。

不思議なことに、その頃には16歳に戻っていたようだった。

ただし、それは体がそうなったというだけで、心についてはやはり今のままだ。

高校に飽きて高校にはいかないものの、なぜか「高校に行ってよかった!」と思えている自分がいるのも不思議なことだ。

気がつけば中学生に

「中学の頃はよかった」

リアルワールドでの高校生の俺はそんなことを言っていたが、今思い返せば決して中学時代に満足していたわけではなかった。

今回のパラレル高校生活を通して、本来の自我の覚醒が高校生時代に移り変わったことをキッカケに、今度は周りに合わせることにばかり時間を使っていた中学時代に疑念が集まった。

あの頃、「中学の頃はよかった」と思っていたのは立ち上がらねばならない今からの逃避だったのかもしれない。

いつの間にかパラレル高校生活はパラレル中学生活へ変わっていたようだ。

たぶん11月の半ばくらいからかもしれない。

パラレル高校生活からの明確な卒業は11月16日だった。

戦場の絆、最後の日。

機動戦士ガンダム戦場の絆というアーケードゲームにハマっていたリアルワールドの高校生活。

演劇と同じくらいにあの3年間に情熱を捧げていたゲームだった。

今月31日、戦場の絆は15年という非常に長い稼働期間を終え、そのバトンを戦場の絆2に託す。

戦場の絆2では、15年積み上げてきた戦績や愛機たちとのお別れとゲームシステムの大幅な変更があった。

一度、戦場の絆2に触れた後、「これはついていけないな」と思い、戦場の絆プレイヤーを引退する決意をした。

演劇については、あの3年間の言葉にできない思いを濃縮させた脚本に全てを込め、上映することができたので、すでに18歳に完全なる引退を果たせていた。

戦場の絆はゲームがまだまだ存在していたのをいいことに、気まぐれに2年に1度位のペースで出撃していた。

稼働台数が大幅に減少したこの日のマッチングの半分はコンピューターとの戦い。数少ない友人対戦も敗北続きで、「勝つまでは終われない!」と誓ってコインを入れ続けた。

最後に無事に勝利を収めることができたので、この勝利の味を噛み締めて夜9時半に帰宅し始めた。

この日、これを最後の絆だと決めていたために、センチメンタルに浸っていた。

人生における大きな区切り。最後の勝利への興奮ともう二度と触れられない寂しさを抱き締めながら少しばかりの夜更かしを楽しむ。

この時間の余波がパラレルワールドにも侵略したことで、この日にパラレル高校生活からの卒業式を夢の中で果たすことができた。

パラレルワールドによる心の統合

そんな話を東京滞在最終日に友人に語っていた。

秋葉原の定食屋で「最近、高校を卒業したんですよね」と。

この時点で、パラレルワールドとリアルワールドの高校生活の記憶が同格になっていたので、昔の思い出を語るように話していた。

そんな話をした帰り道、ふと今歩いている初めての景色が懐かしいあのときの道に感じられた。

この気持ちはなんだろう。ちょっと、ラーメンを食べながら考えてみようか。

少しだけ期待から外れた味噌ラーメンを啜りながらあの頃を思い出す。

そのラーメンは次第に思い出の味に変わった。

パラレルの思い出に現実世界の感覚を掛け合わせることで、思い出として完成させる。

今日の秋葉原から宿泊先のリトルジャパンへの道中に見た景色が通学路になった。

帰り道にいつも食べていたなぜ好きだったのかもわからないラーメン。

よく間違えてたあの曲がり角。

はじめましてのもののはずが全て「あの頃」に変換され、記憶に補完される。

それでも落ち着かなくて、ベローチェでセンチメンタルに浸ろうかと考えたが、ベローチェに行く道を間違え、リトルジャパンにたどり着いてしまう。

新しい高校生活によって、あの頃に得た何度でも手に入れたいものを知り、高校に通えてよかったと思うことができた。

もしかしたら小学校にも通うことになるかもしれない覚悟を胸に、またパラレルな学校生活を過ごしていくのだろうか。

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