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自信に根拠は不要、ザリガニの子孫(問いギャルシリーズ)

エリ「あ、あそこ見てタラバガニ」
こころ「タラバだってわかるの?」
エリ「おいしそうじゃん」
こころ「いやわからん」

薄暗い、通路や部屋。
分厚いガラスケースの棚。
人工的に再現された小さな海で生物が動いたり、動かなかったりしていた。人のまばらな、水族館。
こころは有給を取った。エリはフリーランスなのでそのあたりは自己管理。

エリ「カニたち幸せそうだね」
こころ「わからんでしょ」
エリ「聞こえないの? 声が」
こころ「……言ってなかったっけ? 私の両親、人間なの」
エリ「あー、だからか。私、四分の一はザリガニの血だからさ」
こころ「あー、それでそんなに図太いんだ」

こころは半分、上の空だった。私は祖父母も人間だよ、と言おうかと思ったけど、どうでもよすぎてやめた。

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柄村こころ:軽度の社畜。勤勉家。趣味はヒトカラでシャウト。

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珠華寺エリ:意外にフリーランス。意外に読書家。ナチュラルにギャル。

・・・

こころ「それで、そのカニはなんて言ってんの?」
エリ『こころちゃん、新規プロジェクト参画、おめでとう!』
こころ「げ、なんで知ってんの?」
エリ『この界隈は狭い世界だからね~』
こころ「同業者かよ、カニ」

少し先の部屋の中央に、背もたれのないソファーが置かれていた。
こころはそこに向かって歩き、どすん、と腰を下ろした。

こころ「おめでたいのかなぁ……」小声でつぶやく。
エリ「うれしくないのー?」カニスペースから近づきながら、聞いてきた。地獄耳かよ、とこころは思った。
こころ「まぁそりゃ、嬉しいけどさ……」
エリ「けど?」とこころの顔を覗き込む。
こころは黙って見つめ返す。答えなくても、エリは気づいている、私の抱いている、この不安に……。

こころ「カニも悩むの?」
エリ「悩まないよ」
こころ「なんで?」
エリ「そんな脳が無いから」
こころ「いや急に現実的……」

エリは、なぜか満面の笑みだった。
こころ「私もザリガニの血を引いてれば、悩まなかったのかなぁ」
エリ「残念、それは無いの」
こころ「なんで」
エリ「ザリガニは悩むから」
こころ「は? なんで」
エリ「私も悩むことがあるもん。それが証拠」
こころ「めちゃくちゃな論理だ」

こころは時々、いや頻繁に、エリの能天気さ・楽観性に感服する。エリはだいたい論理的ではないし、おおざっぱだし、はたから見ると心配になるような決断を軽々と下す。それでも彼女自身はなんか自信たっぷりだし、周りの批難に屈しない。

こころ「エリはよく私に、大丈夫だ、できるよ、って言ってくれるじゃん?」
エリ「うん。それで前に怒られたけど」
こころ「いやそれはゴメンて。自分では、そう思えないから」
エリ「うん」

こころはソファーで横になる。
真っ暗な天井に、水槽の反射がたまに当たる。
自分が深海にいる気分。

こころ「カニは暗い海で、どうやって動いてるの?」
エリ「知らん」
こころ「聞いてきてよ」
エリ「誰に?」
こころ「カニに、でしょ」
エリ「え、どうやって話すの?」
こころ「おいっ」無造作に肩を叩こうとするが、ひょいと避けられる。エリはケラケラ笑ってる。

エリ「コウモリは、目じゃなくて超音波で行動してるよ」
こころ「だから暗闇でも動ける、ってね」
エリ「ほら、あそこにコウモリがいるでしょ?」エリは天上を指さす。
こころ「えっ!?」びっくりして、エリの腕をつかんだ。

エリはケラケラ笑っている。
こころは呆れた。エリにじゃない。
こんなしょうもないことで動転している自分にだ……。
けれど今度のツッコミ(パンチ)は命中率100%だ。

なんだかバカらしくなって、こころは水族館の先へ進む。
チューブを半分にした形の廊下では、左右と上にも魚がひしめいている。
小さい漆黒の水槽に覗き込み穴がついていて、小さな悪魔クリオネが見える。
やがて屋外に出て、けだるそうなペンギンの群れが見えるベンチに座った。

こころ「あー、結構色々見たね、海洋生物」
エリ「人間はコウモリじゃないから、前を見て歩くために、光が必要でしょ?」
こころは、いきなりすぎてキョトンとした。
エリ「だから私は私に言い聞かせるの。私は大丈夫だ、できるよ、って」
こころ「……」
エリ「みんながそう思わなくてもね。私が、私に、できるよって言ってあげるの。私が私を信じるの。だって、私が私を疑ったら……私が私に、できっこないなんて言ったら……できないもん」

ペンギンは、岩の上を歩いたり座ったり水に入ったりしていた。
遠くでトンビが滑空して鳴いていた。
私たちは、ベンチに座っていた。
館内とは対照的に、屋外は燃え盛る陽の中だった。

目標に向かおうとするからさまざまな感情があるのです。不安に感じるのは、めざすべき目標を見据えての、当たり前な感情の現れなのです。

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どんな苦境にあっても、楽観性を忘れないというのは非常に大切です。「絶対にこの状況を切り抜けることができる」「なんとかなる、大丈夫」 そう思うことが、苦しい状況においては必要だというのは理論的にも正しいことがわかっています。 また、笑うことで身体がリラックスしてスムーズに動くとも言われています。

荒木香織.ラグビー日本代表を変えた「心の鍛え方」(講談社+α新書)(Kindleの位置No.1534-1538).講談社.Kindle版.


◆問いギャルシリーズ
世の中ってホント理不尽! それでも、たくましく生きていく乙女たちの日常と、ひとくちヒント。

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◆文・イラスト・デザイン:ノーマル浮枝



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