愚痴を言いたいんじゃない、楽になりたいだけなの(問いギャルシリーズ)
ピコッ。スマホにチャットが届く。
エリ:そんでヒトカラしてきたの?
こころ:そ。
こころは自宅に着き、いつものスーツを脱いでいる。
時間はもう23時すぎ。
幸い、今日は金曜日。
いくらでも夜更かししてやる、という気分。
エリ:じゃあ準備できたら、リモート飲みね~
こころ:あい、軽くシャワーしたらいく
柄村こころ:軽度の社畜。勤勉家。趣味はヒトカラでシャウト。
珠華寺エリ:意外にフリーランス。意外に読書家。ナチュラルにギャル。
・・・
シャワーを浴びるこころ。
癒しの時間。
気分よく鼻歌なんかを歌う。
曲はハードロックだ。
こうでもしないと、また仕事のイライラに飲み込まれる。
浴室を出て、だぼだぼの黒いジャージを着る。
冷蔵庫に寄って、生ハムと缶のハイボールをもってノートパソコンに向かう。
こころ:今行く
エリ:待ってるなう
こころ:古代のネット民ですか?
ネット会議のツールを立ち上げて、エリとのルームに参加する。
いつものことながら、エリこだわりの風景が映し出される。
照明が顔にばっちり当たり、背景もおしゃれな間接照明やポスター。白をベースにして黒やピンクの差し色が取り入れられた部屋。
こころも、横に映る自分が暗いのが嫌で、しょうがなく、顔に向けて照明をつける。
ネットで2,000円くらいのやつ。
パチッ。あーまぶし。
エリ「おつかれでーす」
こころ「はいはい」
エリ「最新のネット民です」
こころ「ほんとか」
エリ「まじまんじ」
こころ「いいから飲もうよ」プシュ。
エリ「はーい」
エリの手には、逆円錐になったワイングラスのようなやつに、薄いピンクの液体が満ちていて、ご丁寧にサクランボが乗っていた。
たぶんSNSにはもう、写真が上がってるのだろう。
エリ「かんぱ~い」
こころ「がんばい」
ごくっ、ごくっ、ごくっ、
ごくごくごく。
ごく。
エリ「ちょっ、いきすぎじゃね?」
こころ「っぷはぁ」
エリ「先に言っとくけど、つぶれても介抱できないからね~」
こころ「わかってますよ~だ」
エリにはこの時点で、今日のこころのメンタルがだいたいわかった。
そもそものきっかけは、昼過ぎに来たメッセージ。
こころから、「あー折れそう、てか折れた」って来た。
そんで、こうしてリモート飲みをしている。
エリ「うーん、眉間のシワ具合から、今日はナカナカ大変だったみたいですな?」
こころ「ほんとサイアクだった」
エリ「何点くらい?」
こころ「点数ってこと?」
エリ「そう」
こころ「マイナス100万点」
エリ「うーん、破格」
こころ「今までもさ、いろいろあったよ。言い合いになるとか。でもあんな直接的に侮辱されたのは初めて! わざわざ電話で。はー、イライラするーーー」
エリ「そりゃまた、大胆な」
こころ「いやほんと。ああーーー!」
エリ「ほらほら、とりあえず生ハムでも食べてよ」
こころ「私が買ったやつだけどな……」
生ハムを一枚めくり取る。
薄く向こう側が見えるので、それをカメラに近づけるなどする。
エリ「すぅーーー…………はぁーーー……」
こころ「?」
エリ「深呼吸したら、落ち着いたね?」
こころ「いや私はしてないだろ」
エリ「じゃあ、して」
こころ「すぅ、はぁ」
エリ「浅くね?」
こころ「肺にイライラが溜まってるかも」
エリ「吐き出して!」
こころ「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙」
エリ「うわあ」
こころ「いや、うわあて」
エリ「じゅおんみたい」
こころは髪をバサバサして、顔の正面に垂れ下げる。
エリ「それ貞子な」
さぞ怨念の強いことだろう。
エリ「でもさ、こころは偉いよね」
こころ「何が」
エリ「そんなんでも、会社では文句も言わずに、テキパキやってんでしょ?」
こころ「……まぁ、テキパキかは分からんけど」
エリ「エリにはわかる。眉一つ動かさずに淡々と対応していくこころちゃんが、見える……」
こころ「そう見えてればいいけどねー」
エリ「見えてるよ」
でた。エリの無責任な断言。
でもまぁなぜか、慰めになるのも事実だ。
こころ「イライラしまくってたけど、仕事は止めたくないし、メンバーにも悪い影響を与えたくなかったからね」
エリ「そう思えるのは、ゼッタイいいとこだよ」
こころ「かねぇ〜」
エリ「そうだよ。まぁ、たしかに折れそうだけどね」
こころ「んんんーきついよ」
こころは缶のハイボールを飲みきる。
新しいの取ってくるわ、と席を立った。
7秒くらいで2本目を持って戻ってきた。
エリ「なんかさ、愚痴る人にはさ、愚痴りまくってめっちゃエスカレートしていく人もいるじゃん」
こころ「いる。こわい」
エリ「わかる」
こころ「つっても、私もそうなりそうで、そんな自分にまたイライラしたりさ」
エリ「まぁしゃーないよね、イライラ自体は。そうなってる人自身も、辛いからね」
こころ「だろうね。怒りよ、とまれーって止まるなら楽で良いんだけどね。……まぁ、今日はカラオケで叫んだら、だいぶ楽になったよ」
エリ「喉壊さないでよ」
こころ「あ゙あ゙あ゙」
エリ「こわい」
こころ「まーでも正直、エリのおかげもある」
エリ「あらまぁ?」
こころ「エリって、私が愚痴っても、下手に同調したりしないじゃん?」
エリ「エスカレートしてほしくないからね」
こころ「それ。私も愚痴っちゃうけどさー、根本は前を向きたいワケ。過去ばっか見てないでね……」
エリ「まぁ、困ったらいつでも言ってよ。行けたら行くわ」
こころ「おいそれ、来ないやつ」
ハイボールの消費速度は平均に戻っていった。
生ハムはつままれる度、カメラの前で広げられた。
話題は次第に明るいものになる。
こころの眉間のシワは、いつの間にかなくなっていた。
生きていれば、てごわく、厄介な相手にも、遭遇しますよね。 ただ、もしこちらが相手と同じ反応を返せば、相手との反応の応酬になってしまいます。 このとき問題は、相手に負けないことや、我を通すことではありません。反応することで確実に「自分の心を失う」ことなのです。
草薙龍瞬.反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」(Kindleの位置No.1088-1091)..Kindle版.
怒らないことによって怒りにうち勝て。
中村元.ブッダの真理のことば 感興のことば(岩波文庫)(Kindleの位置No.950-951).株式会社岩波書店.Kindle版.
◆問いギャルシリーズ
世の中ってホント理不尽! それでも、たくましく生きていく乙女たちの日常と、ひとくちヒント。
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◆文・イラスト・デザイン:ノーマル浮枝
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