河畔林のある街・つくば市
河畔林の科学
1997 年に米国農務省 (USDA) 森林局が、チェサピーク湾プログラムのために作成した最初の河畔林(Riparian Forest Buffers)のガイドライン「The Chesapeake Bay Riparian Handbook: a Guide for Establishing and Maintaining Riparian Forest Buffers」を出版してから、既に、四半世紀が過ぎました。
その後もアメリカでは研究が進み、環境教育にも取り入れられて、河畔林の科学は、市民の常識になりました。
日本では、河畔林の科学は市民権を得ていません。
森は海を育むと言われますが、そのプロセスでは、河畔林が決定的な役割を果たしています。しかし、日本では、「森の腐葉土を通過してきた地下水や河川水の中に、海の生物生産のベースとなる植物プランクトンを育む養分が多く含まれている」といった河畔林の科学とは相容れない俗説が信じられています。
研究学園都市開発と洞峰公園
1978年に、研究学園都市の移転計画が始まります。つくば市の始まりはこの頃からです。
1976年に 新都市記念館が完成し、1980年に、全体が開園した洞峰公園は、研究学園都市計画以降に建設された最も古い公園のひとつです。
故大高正人氏は、農業用のため池の洞峰沼を、公園利用に切り替えて、沼の形をゼロから作り直しました。
写真1は、2023年現在の洞峰沼ですが、故大高正人氏が設計した野鳥のサンクチェアリである0. 3haの芦原が今も広がっています。芦原は、ため池時代には、ありませんでした。
この頃は、まだ、河畔林の科学はありませんでしたので、サンクチェアリに樹木はありませんが、人工的な芦原の復元は、この時代としては画期的な設計でした。
街路樹
20haの洞峰公園には、樹木が数多く植えられています。
周辺の公園や、道沿いの街路樹にも、多くの樹木が植えられました。
写真2は、計画上の都市の中心であるつくばセンタービルから、500mの街の中心にある竹園公園のオナガです。
研究学園都市の建設当時、街路樹には、樹木を等間隔に植えるのではなく、8m間隔で2本ずつ植え、2本の間隔が3mという「3・8方式」を採用しました。これは、2本の樹木が寄り添うと、根が絡み合って強くなり、丈夫に早く育つという理論でした。
しかし、樹木の維持管理には、大きな費用が発生します。
都市開発に伴って、街区公園が新設されます。街区公園は、新しくなるに連れて、維持管理費がかからないように、樹木のサイズは小さくなり、樹木の本数も減っていきます。
2000年から2001年にかけて、西大通りを中心に腐朽菌の寄生でさび病に冒された街路樹170本が伐採されました。その後もリスクの高い樹木は伐採され、西大通りの国土地理院から北側に街路樹はなくなりました。
2017年から2019年度までの3年間、茨城県は「筑波研究学園都市における街路樹の維持・再生計画(2017)」に基づいて、試験的な間引きを実施し、「間引きは景観上、問題はない」と結論付けます。間引きとは、「3・8方式」には不具合があり、ペアの木の一方を伐採することです。
2021年から2022年に、茨城県は、同計画に基づき、学園東大通り、学園西大通り、牛久学園通りに植栽されたユリノキ、モミジバフウ、トウカエデ等4588本の内1707本を伐採しました。
写真3は、西大通りのユリノキの伐採の様子です。
「景観上問題はない」の意味はよくわかりませんが、生態系のエネルギー収支を考えれば、37%の街路樹がなくなったので、街路樹の生態系のエネルギーに依存していた野鳥の37%はいなくなったはずです。
研究学園都市建設と花室川
写真4は、花室川の河畔帯です。水面に日影をつくることのできる大きな樹木がないことは残念ですが、写真1の洞峰公園と比べると河畔帯の樹木はより豊富です。
1985年頃、写真4の花室川河畔には、夏になるとホタルが飛んでいました。
研究学園都市開発前の花室川は、上流にあった花室大池から、水を引いて、両岸にある水田を灌漑する谷津にある小河川でした。
研究学園都市建設が始まると、花室川周辺の宅地開発による雨水流入増加対策のために、花室川の川幅は3倍に拡幅されます。研究学園都市建設時期の1974年から1978年の間に撮影された国土地理院の航空写真には、拡幅され、植生が全く失われた花室川が写っています。
それから10年後の1985年頃には、植生が回復して、ホタルが戻ってきました。現在、ホタルはまたいなくなってしまいました。
花室川下流の霞ヶ浦は、水質が悪いので、花室川などの河畔林整備にもう少しお金をかければ、水質浄化が出来るのですが、河畔林の科学が市民権をえていないので難しそうです。
研究学園駅前公園
2005年8月に、秋葉原とつくば市を結ぶつくばエクスプレスが開業します。
つくば市内には、つくばエクスプレスのみどり野、万博記念公園駅、研究学園駅、つくば駅の4つの駅が出来ます。つくば駅以外の3つの駅の周辺は、未開発地でしたので、宅地開発とそれに合わせた公園整備が進められています。
2023年4月現在でも、宅地開発と公園整備は進行中です。
つくばエクスプレスの開業の1年後の2006年8月に、研究学園駅の前に、7.3haの地区公園である研究学園駅前公園が開園しました。
研究学園駅前公園は、ロボット特区エリア の「つくば研究学園エリア」に含まれています。
2018年からは、毎年実施している、市街地での移動ロボットの自律走行技術の「つくばチャレンジ」では、つくば市役所と研究学園駅前公園の間にコースが設定されています。
写真5は、つくばチャレンジ2022で、研究学園前公園内を歩行するロボットです。
研究学園駅前公園は、駅に隣接し、広場の面積も大きいため、つくばラーメンフェスタ、つくば健康マラソン、つくばリレーカーニバル、Village Market Tsukuba、けんがくさくらまつり、ドッグフレンドリーフェスタ、つくば市商工会青年部フェスタ等のイベント会場として広く使われています。研究学園駅前公園は、2020年東京オリンピックの聖火リレーのセレブレーション会場にもなりました。
研究学園駅前公園には、写真6の1haの樹木付の芦原と0.6haの平地林のサンクチェアリがあります。
写真6は、河畔林の科学の理想的な河畔林の一形態になります。
研究学園駅前公園の芦原の規模は、つくば市内で最大で、立入禁止の平地林のサンクチェアリはここにしかありません。
このため研究学園駅前公園には、多数の野鳥が棲息しています。
写真7の公園内のカワセミのいる木道は、研究学園駅の出口から直線で200mしか離れていません。
河畔林の行方
2006年8月に、研究学園駅前公園が出来て以降、新規の地区公園は建設されていません。
一回り規模の小さな面積2ha規模の近隣公園は、6か所出来ましたが、公園内に池はありません。
6か所のひとつで、2015年に出来た葛城水辺公園は、蓮沼川に沿って建設されています。
葛城水辺公園は、研究学園駅から700mの距離にあります。つまり、研究学園駅前公園に最も近い近隣公園です。
葛城水辺公園の面積は1.6haしかありませんが、隣接する蓮沼川と湿地を合わせれば、研究学園駅前公園と同じ面積規模の緑地が広がっています。
葛城水辺公園には、池はありませんし、樹木もまばらです。
写真8は、葛城水辺公園から見た蓮沼川と湿地です。
蓮沼川には、河畔林がありますが、樹木は少な目です。蓮沼川をはさんだ公園の対岸には、4haの広大な湿地が広がっていますが、樹木が全くないので、湿地にはサギ以外の野鳥は見られません。
河畔林の科学から見れば、研究学園駅前公園のサンクチェアリの設計は素晴らしいものでしたが、設計者の名前すらわかりません。
洞峰公園の洞峰沼には、沼に棲んでいる野鳥のパネルが設置されています。一方、研究学園駅前公園には、野鳥のパネルやサンクチェアリの案内はありません。
つくば市の公園一覧を見ると、研究学園駅前公園の備考欄には、一言、イベント向けと書かれています。
全国で、地域おこしの努力がなされています。
しかし、多くの地域おこしは、現在、地域にあるものの紹介に止まっています。
現在は、その地域にはないが、将来あったら、地域がより美しく、住みやすくるビジョンが必要だと感じます。
最後の写真9は、つくば市内の桜の名所で、1995年に開園した反町の森公園(近隣公園)です。
写真は、公園の展望タワーに昇って撮影したものです。
左奥に、筑波山も見えます。
池は、洪水調整のために掘削された人工施設です。
芦原が少しだけありますが、池に影を落とす河畔林はありません。
つまり、ここには、野鳥は棲めません。
いつの日にか、ここにも、河畔林やサンクチェアリが整備されて、野鳥が戻ってくる日が来ることを期待しています。