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「そのメディアらしさ」を読者に写真でひと目で伝える “LOOK & FEEL” の技術

SNSで情報をシェアする時代、タイトルと写真1枚が読者にクリックしてもらえるかを左右する。特に言葉よりも速く目に飛び込んでくる写真のインパクトは強く、これでメディアのコンセプトをいかに伝えるかが重要なポイントとなってくる。

メディアの世界観を伝えるために写真のビジュアルを統合するには、どのようなプロセスが必要なのだろうか? 僕が編集者として携わるオウンドメディアの例を取り上げながら、電通のアートディレクターを務める松永美春さんにお話を伺った。

コンセプトと3つのキーワード

――記事を知るきっかけとしてSNSでのシェアが主流になっている今、読者に読んでもらえるかどうかはタイトルと写真1枚で決まります。

そうですね。特に写真はタイトルを読む前にも目に飛び込んでくるもの。ビジュアルはスピードが速いのです。

――そんな写真だけで読者に「あのメディアだ」と分かってもらえるようビジュアルを効果的に統合するには、まずどんなことから始めればいいのでしょうか?

ビジュアルを見た人が受け取る世界観を、私たちアートディレクターは「LOOK & FEEL(ビジュアルが与える印象)」と呼んでいます。例えば、アップルの屋外広告を見て、ロゴを見ずとも「アップルの広告だ」と伝わる、あの雰囲気のことです。

そんなLOOK & FEELを定義するうえでは、まずメディアのコンセプトを明確にします。誰に向けて、どんなエッセンスの情報を提供するのか? そして、そのメディアが大切にしていることを3つぐらいのキーワードに絞り込みます。

例えば、私が以前に担当したとあるクライアントが提供する健康管理アプリのコンセプトは、「一人では健康管理が難しいので、その人のパートナーになる」というもので、ブランドステートメントとしては「Better Together」を掲げていました。そこで挙がった3つのキーワードは「Personal」「Smart」「Together」です。

――僕が編集を担当している人材会社のオウンドメディアは、大企業で働く30~40代の中間管理職を対象にしていて、主に新規事業開発や組織マネジメントなどの実務的なノウハウのほか、働き方にインスピレーションを与える、学び方、暮らし方、テクノロジーなど、会社を離れたところにあるトレンドを発信する記事を提供しています。これはコンセプトとしては明確でしょうか。

そうですね。このコンセプトで3つのキーワードを考えると、「ビジネス」「教育」「視点」あたりになると思います。「教育」というのは、今まで日本で会社生活を送っていて、「当たり前」だと思っていたことが、外から見たら実は違うという「気づき」を与えるという意味での教育ですね。

――コンセプトと3つのキーワードが決まった後、LOOK & FEELを定義し、ビジュアルを統合していくにはどんなステップを踏むのでしょうか?

コンセプトとキーワードをもとに、「ブランド・ボイス」を言語化します。コンセプトというのはある意味、普遍的な標語のようなもの。ブランド・ボイスは、そのコンセプトを今、人びとに語りかけるとしたら、どんなセリフになるかという文章のことです。

――なるほど。そうすることで、だんだんとそのブランド、メディアのキャラクターのようなものが浮かび上がってきますね。では、そんなキャラクターをどうビジュアルとして定義するのでしょうか。

誰でもできる第一歩として、「Pinterest」を使ってビジュアルを収集するという作業があります。先ほどのキーワード、例えば「ビジネス」などを検索して「いいな」と思った画像を集め、それらを眺めながら、どんなビジュアルがそのメディアらしいと言えるのかを定義し、言語化していくのです。

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――その「いいな」というのは、誰が決めるのがいいですか?

編集部などチームにデザイナーがいる時はデザイナーですが、いない場合はそのメディアの信念や目指すべき像、どういう風に見せたいかをよく分かっている人が決めるといいと思います。

言葉と絵でフォトグラファーとコンセプトを共有

――ビジュアルを収集した後のプロセスは?

「Do’s and Don’ts」を作って、どんな写真が「OK」で、どんな写真が「NG」なのかを言葉と絵のセットで伝えるボードを作ります。

例えば、「OK」の写真は「光を意識する」「ボケを利用して気持ちのいい絵作りをする」「自然な仕草」「トレーニングの身体美にフォーカス」など。一方の「NG」は、「風景が雑多」「ライティングが生々しい」「わざとらしい仕草」「わざとらしい笑顔、ぎこちなさ」などがあります。

フォトグラファーにお願いするときは、言葉だけでは表現しきれないので、ビジュアルのイメージを伝えることが大事ですね。ビジュアルの例まで用意するかは、その仕事によります。用意した写真の例が、フォトグラファーの創造力を妨げてしまう場合もあるので。

こうした「参考にするデザインの収集」などは世界中どこでもやっていることです。私がスウェーデンでインターンをやっていた時も「デザインに関して、レファレンスがなくて何かを作り出すのは難しい」「ちゃんといい例を集めないとね」という共通認識がありました。

――レファレンスでメディアのトーンやイメージを伝えないと、フォトグラファーに丸投げして、その人のカラーにメディアが染まってしまうということが起こるかもしれませんね。

そうですね。あと、フォトグラファーの選び方も大事です。人によって人物撮影が好きだったり、モノ撮りや風景が好きな人もいて、得意・不得意があるので、その人のポートフォリオを見て判断します。フォトグラファーはカメラの対象に「愛」と向けるので。

インタビュー記事だったら、人を撮るのが好きな人。逆に人物好きじゃない人にお願いしても興味が湧かないと思うんですよね。広告だとあえてそこをズラしたりして、普段人を撮らない人に人物撮影をお願いすることもありますが、そういう場合は狙いが明確にあります。

フォトグラファーにお願いする際は、コンセプトを伝えたうえで、「あなたのここがマッチすると思ったのでお願いしたい」という旨を伝え、メディアが目指すところはずらさないけれど、定義したLOOK & FEELについてどう思うか、彼らの意見も聞いてみるといいと思います。

――ビジネスパーソンのインタビューは会議室でやることが多くて、どうも写真が似たり寄ったりになってしまうのですが、他のメディアとの差別化も考えた方がいいんですかね?

みんなと同じことをやっても仕方がないので、業界内で別のポジション取りを考えるのもあり得ると思います。ビジュアルで抜きん出たいなら、ヘアメイクやスタイリストを雇うとか、ライティングをさせてもらうとか・・・・・・そこに投資することで見え方が変わる可能性もあります。

――例えば、ファッション系のフォトグラファーにお願いすれば、違いが出せるかな・・・・・・とも考えたりするんですが。

それも確かに違いを生むかもしれません。しかし、それでもやはり人を撮るのが好きな人、表情をちゃんと撮れる人がいいと思いますね。

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ビジュアルも言語の一つ

――レファレンスを作り、フォトグラファーとメディアの世界観を共有するというのは大切ですね。記事が読んでもらえるかどうかは、写真で決まるというのがありますから。

ちなみに、どんな写真のどんな記事がよく読まれたんですか?

――内容が良かったからというのもあるので、どこまでが写真、ビジュアルの影響か計り知れないんですが、この記事は読まれました。

顔がちゃんとアップで見えて、しゃべっている表情がドキュメンタリーだからいいのかもしれませんね。真剣にしゃべっている人の顔って、ちょっとグッとくるじゃないですか(笑)。人間っていちばん顔を見るようにできているんですよ。このメディアは「顔」が重要なんですね。

――この記事も読まれました。こういう写真は今まであまり撮ってこなかったけど、作業中とか真剣に働いている姿を載せると競合との差別化もできるかな、と思っているんですが・・・・・・。

この方が働いている姿が想像できて、すごくいいですね。ぼかしを入れて、空間に奥行きを出しているのもいい。

この2つの写真に共通しているのは「ドキュメンタリー感」ですね。雲の上の人ではなくて、共感できる人。仕事って結局単純なことの積み重ねだったりするじゃないですか。だから臨場感があって、リアリティがある方がいいと思います。

――たしかに、以前、ちょっと演出しすぎて失敗した例もあります。いつもと違った写真をフォトグラファーさんにお願いしてライティングを工夫してもらったんですが、ちょっと作りすぎちゃった感じが・・・・・・。同じ取材対象者でも、他の記事はよく読まれたんです。

こうして比較すると、ちょっと見えてきた感じですね。「ドキュメンタリー」と「臨場感」が大切。ビジネスパーソンって「ホンモノ」ですから。芸能で生きている人とは違うから、作り込まないでリアリティがある方がグッとくるんでしょうね。

――「ドキュメンタリー」と「臨場感」のニュアンスの違いは?

「ドキュメンタリー」というのは、演出やウソじゃない、ホンモノ感。そして「臨場感」はインタビューをしていてその人がすごく真剣にしゃべっているところや笑っている瞬間をちゃんと捉えるということ。

そのためには、その瞬間をちゃんと逃げないで待っている、人が好きなフォトグラファーをアサインすることが大事ですね。それができれば、撮影場所はいい環境であっても会議室であっても、あまり関係ないということになりますね。

――なるほど、会議室でもいいと。

ライティングができればベストですが、表情が一番大切です。臨場感や勢いがあるから読者はクリックしてしまう。

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あと、こうして見ていると、意外と白い写真よりも黒っぽい写真の方が読まれるんだな、と気づきました。SNSの背景が白っぽいのが多いからか、それとのコントラストで思わずクリックしてしまうというのもあるかもしれません。

デザイナーは統一したがりなので、背景を白に統一したり、美しく見せるためにいろいろ排除してしまいがちですが、デザイナー側の思い込みもあると思います。こうして読者の反応と照らし合わせると、いろいろ見えてきますね。

――だとすると、サイト全部を含めてのアートディレクションが必要なのかもしれません。

大切なのは、ビジュアルも言語の1つと捉えることです。メディアのコンセプトを伝える手段は言葉だけではないから、記事も写真もすべて大事ということになりますね。

――メディアの世界観を伝えるのに、これからますますビジュアルが大事になってくると思います。今日は具体的にメディアの写真を分析していただいて、大変勉強になりました。ありがとうございました。

編集者/Livit代表 岡徳之
2009年慶應義塾大学経済学部を卒業後、PR会社に入社。2011年に独立し、ライターとしてのキャリアを歩み始める。その後、記事執筆の分野をビジネス、テクノロジー、マーケティングへと広げ、企業のオウンドメディア運営にも従事。2013年シンガポールに進出。事業拡大にともない、専属ライターの採用、海外在住ライターのネットワーキングを開始。2015年オランダに進出。現在はアムステルダムを拠点に活動。これまで「東洋経済オンライン」や「NewsPicks」など有力メディア約30媒体で連載を担当。共著に『ミレニアル・Z世代の「新」価値観』。
構成・文:山本直子
フリーランスライター。慶應義塾大学文学部卒業後、シンクタンクで証券アナリストとして勤務。その後、日本、中国、マレーシア、シンガポールで経済記者を経て、2004年よりオランダ在住。現在はオランダの生活・経済情報やヨーロッパのITトレンドを雑誌やネットで紹介するほか、北ブラバント州政府のアドバイザーとして、日本とオランダの企業を結ぶ仲介役を務める。

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