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「らせん型組織」をどう実行していくか?

前回の「らせん型組織」についての記事はたくさんの人に読んでいただきました。マッキンゼーの論考ということもあり「多国籍企業」の文脈をベースにしてはいるのですが、マネージャーの機能を「日々の業務遂行」と「人材育成」に分けて再定義する、という視点は、多国籍企業に限らず、ひろく様々な組織において検討に値するポイントなのかなと思います。

今回は引き続き同じ記事から、「では実際にらせん型組織をどうやって現場に導入していくのか?」という点に触れた部分を訳してみたいと思います。前回は抽象的なモデルが中心でしたが、事例を通じて具体的なイメージが深まる内容になっていると思います。

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らせん型組織が従業員から見てどんなものになるか、組織としてどう機能するかについて見ていこう。

ジェイミーの事例

ジェイミーは、マーケティング担当ディレクターで、北米の消費財企業で一番大きい事業部門の毎月のターゲットに責任を負っている。彼女は担当している商品カテゴリーの進捗について、上司と定期的なCheck-inミーティングを実施している。優先順位や期待値は変化していくが、ジェイミーと上司との関係性は明確だ。

一方で、ジェイミーにはもうひとり、直属ではないが報告を行っている(Dotted Line)オンライン部門の責任者がいる。ジェイミーは、オンラインマーケティング部門の目標数値について定期的にこの責任者と打ち合わせを行っている。二人の「上司」間にコミュニケーションはあるものの、ジェイミーは二人にそれぞれ報告することで手間が二倍かかると感じている。また、オンライン部門の責任者も、ジェイミーの日々の業務では優先順位の高くないことを彼女にやってもらおうとすることを時間のムダと感じがちになってしまっている。

この直属でない二人目の上司が、直属の上司と違う方針を出したり、フィードバックをしてきた時(例えば、顧客のコンバージョンや新しいウェブの特徴に力を入れるより、ブランド認知を作り出すことに集中するよう指示された時)は、ジェイミーは両者を喜ばせようと頑張るか、優先順位を下げた方の上司をうまくなだめる必要が出てくる。こうした指示系統の曖昧さによって、年度末の評価レビューでもジェイミーは居心地の悪い思いを抱いている。二人の上司それぞれに言いたいことがやはりあるからだ。

ここでジェイミーがこうしたマトリックス型の組織から「らせん型組織」に移ることを想像してみて欲しい。彼女は依然として二人のリーダーに説明責任を持っているが、そのリーダー達は等しく重要な役割を持ちながら、既存の組織で見られるような人的マネジメントの責任を持たない。というのも、両者の責任範囲は、それぞれの専門性に応じて明確に切り分けられているからだ。Value-creation leader(価値創造担当リーダー)は、目的を定め、毎日の業務の優先順位を議論・定義し、目標に対しての進捗を追いかけ、適切なフィードバックを与える。Capability leader (育成担当リーダー)は、ジェイミーが、マーケティングのベスト・プラクティス、ブランドに対する会社の基準、もしくは新しい業界標準の動向など、質問がある時にいつでも対応してくれる。つまり、育成担当リーダーは、彼女の専門領域である「マーケティング」についてのコーチングやアドバイスを必要な時に提供してくれる存在といえる。

市場環境が変化したり、ジェイミーと育成担当リーダーがキャリアを前に進める時だと考えるタイミングで、二人のリーダーは、どんな選択肢があるか話し合う(育成担当リーダーがリードしつつ、価値創造担当リーダーからのインプットをもとに両者で協議を行う)ことになる。その結果として、ジェイミーは昇進の機会を掴んだり、育成担当リーダーのサポートを受けつつ、新しい機会に挑戦できる別部門に異動することなどが考えられる。彼女の新しい役割では、新たに別の価値創造担当リーダーが就くことになるが、育成担当リーダーはその変更がスムーズになされるよう補佐していく。育成担当リーダーは、ジェイミーが以前担当していた役割に新しい人を見つけてくることと、その引き継ぎをサポートしていく。そして、これらはすべて価値創造担当リーダーと相談しながら実施していく。

ジェイミーはこのモデルに力を得て、私には「二人の上司」がいる、ではなく、私には「上司はいない」と同僚にも語るようになった。以前の会社では、彼女はいつも互いに競い合う上司二人(一人は直属、もうひとりは業務上の上司)に「コントロールされている」と感じていた。らせん型組織は、この関係性をはっきりとさせ、新たなエネルギーを与え、よりよいパフォーマンスにつながったと言える。

組織からの視点

我々の顧客であるグローバル消費財企業の新しいCMOは、個々のブランドマネージャーやそのチームが、その企業のマーケティング部門が持つ深い専門性を活用することなく、新しい企画や施策を進めてしまうことに頭を悩ませていた。この問題に対応するために、彼は(その時点ではらせん型組織と呼んではいなかったが)「らせん型組織」を作ることにした。

本部のマーケティング部門は小さく、全てのブランドマネージャーをサポートするだけの十分なリソースを持っていなかった。そのため、CMOは、本部からの支援が最も効果的と想定されるいくつかの部門に集中してサポートをすることにした。彼は、選ばれた部門が定期的に本部とコミュニケーションを取って、新しいスキルを身につけ、それを広めるよう指示を出した。さらに、各ブランドのオーナーに対しては、本部のマーケティング部門と疎遠になっているマーケター達が、本部で同様のトレーニングを受けてスキルを磨くよう強く促した。

CMOとマーケティング本部は、本部所属のマーケターについては、年次の業績レビューを実施していた。その上で、各事業部門に所属しているマーケター達の業績レビューも始めていった。これによって、マーケターのパフォーマンスを、それぞれのブランド内だけの孤立した形でなく、会社全体で比較、評価していくことが可能になった。

こうした施策によって、マーケティング本部は重要な知見を保有する組織(Center of excellence)と認知されるようになり、個々のブランドマネージャーが持っていた懐疑的な姿勢も消えていった。事業部門や各ブランドのオーナーも、自分たちのチームのメンバーが「器用貧乏 "jack-of-all-trades, master-of-none”」に陥っていったことを認めはじめた。専門的な知見を得られることに加えて、全てのマーケターを同じ尺度で評価することによって、メンバーもより良いフィードバックを受けられるし、組織にどんな貢献をしているか相対的に、より深く理解できるし、昇進においても判断基準が明確になる、といった効果があることは明確だった。

こうした試みによって、組織全体のマーケティングについての専門性は高まった。さらに、評価の対象となる組織を広げたことで、個々のブランドのマーケター間に存在していた不健全な競争意識や、協力しあうことを避ける雰囲気も消えていった。つまり、マーケター達が、以前は自分たちをそれぞれの小さなブランド内の専門家と捉えてそこでの昇進を競い合っていたのが、会社全体の一員として、優れた業績を挙げることでより広い機会を見つけられるんだと意識する形に変わっていったと言える。

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