バックヤード
いきなり首筋に冷たいペットボトルを押し当てられて、思わず僕は「ひゃあ」と高い声を出した。振り向くと、イタズラに成功して嬉しそうに笑う先輩が立っていた。
「お疲れさま。これ私のおごり」
「ありがとうございます」
それを受け取って、ゴクゴクとスポーツドリンクを喉に流し込んだ。
「バイト初日はどうだった?」
「はい。楽しかったです」
正直な感想だった。遊園地のアルバイトがこんなに楽しいとは思わなかった。人を笑顔にする仕事は僕の天職なのかもしれない。
それはよかったと笑う先輩が眩しくて視線を逸らす。なにより、こんなに美人でスタイルのいい先輩から仕事を教わるのが楽しくないわけがない。
「うーい、おつかれさーん」
と野太い声でバックヤードに入ってきたのはパンダだった。ユニークな動きで子供と戯れていた、この遊園地のマスコットキャラクターだ。
パンダは両手で大きな頭を掴むとそれをスポッと持ち上げた。中から出てきた髭面のオッサンの顔を見て僕はギョッとした。
園内ではあんなに愉快で可愛かったパンダの中に、こんなにむさ苦しいオッサンが入ってるとは思わなかった。
「ビックリした?」
「はい」
パンダの頭をテーブルに乗せるオッサンに視線を向けたまま、先輩の声に頷く。
そりゃそうだ。ずっとパンダのわけがない。ここはバックヤードなんだ。表では絶対に見せない正体も、ここでなら見せてくれる。
これこそ遊園地でバイトする醍醐味だよな。
そう自分を納得させていると、隣からジジジとファスナーを開く音が聞こえて僕は振り向いた。
そこに、「先輩」のきぐるみを脱いでいる見知らぬオッサンがいた。
おしまい。
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