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会社員を辞めたことで人生が変わった


通勤のバスで胃がキリキリ痛んだ。ロッカーに向かう階段でそれが加速した。上司の声を聞くと胸と喉が詰まったような感覚になった。

「悩みはない?」と初めて会う人事部の人に聞かれた時に、意図せず涙があふれてしまった。泣きたくなんかなかったのに。

これ以上ここにいたら、私が私でなくなってしまう。私を守るために、この場所を去らなければ。
勇気をだして夫と両親に伝えた。「辞めていいよ。あなたが心身ともに健康でいることが何よりも大事。」と言われたので拍子抜けした。少しは引き止められるかと思っていたから。

私はこれまでの人生の中で、他者に関わる部分で何かを途中で投げ出したことがない。
自分にしか影響のない、ダイエットや運動習慣はだいたい3日坊主で終わるけれど。


幸いにもメンタルが壊れてしまう前に決断することが出来たので、周囲には夫の転勤に伴うものだということにした。実際その当時、夫は片道2時間かけて他県まで通勤していたから、その理由を疑問に思う人は少なかった。


退職してすぐ、新しいウイルスのニュースを知った。他人事だとおもっていたら、あっというまに世界中を巻き込む一大事となり、転換期となった。

失業保険の給付を受けながら、専業主婦を満喫しようと思っていたのに、思うように外出が出来なくなった。
流行病によって、給付期間が延長された。その間、夫の扶養に入れなくなるので、国保年金の支払いが増え、給付と差し引きすると、大した金額は残らなかった。


子なし専業主婦という肩書きが急に窮屈に感じ始め、社会的な見られ方を意識し始めてしまったので、本腰を入れて仕事を探す。
しかし、社内の人間関係や、対顧客で悩み苦しんだので、今更接客業はしたくない。そもそも新たな環境に所属して仕事をする姿が見えなかった。

フリーランスで生きていこうかとも思ったけれど、個人で戦えるほどのスキルも実績ももっていない。



そうやってうだうだしていたら、退職してから1年半が経った。

ありあまる時間を活用して少し得意だった手芸を再び始めた。youtube等を使って独学で学び、編み物、レジン、刺繍と幅を広げた。
作ったものをメルカリで出品したら、そこそこ売れていった。

好きだったコーヒーも、興味を持って知ろうとした。道具を揃えて、豆を選ぶと、よりおいしく感じたし、もっと知りたいと思えた。


コーヒーに携わりたいという思いからCoffee&Burgerのお店のオープニングスタッフに応募した。
そのつながりで、しっかりコーヒーを学べるカフェでも働くことができた。

それまでの人生のままだったら、絶対に関わってこなかったであろう人と、たくさん知り合うことが出来た。年齢も、職業も、考え方も。とても刺激的だった。
自分自身の今後の生き方を考えるきっかけにもなったし、新しい自分にも出会えた。

他人からの見られ方にも気を遣うようになった。髪の毛の長さも色も定期的に整えるし、清潔感と似合うを考えて服を探すようになった。ふとした表情にも意識をするようになった。


逃げるように会社を辞めたけれど、辞めたことは決してマイナスなことではなかった。結果的に世界が広がり、人生に彩りが生まれた。

なんとなく、育休をとって復帰して、また会社に戻るとおもっていたけれど、それは今よりももっと実現が難しかっただろう。

あの時よりも、自分のやりたいこと、やりたいけど実現が難しいことが分かっている。自分の思いや考え、感じたことを言語化できるようになっている。
人よりもコーヒーをおいしくいれることができることは、私にとってとても大切なスキルとなった。


あのとき背中を押してくれた家族、そして決断した自分に、ありがとう。生きている限り、悩みは尽きないけれど、今とても楽しいよ。


オワリ

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