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自助論‐自分に負けない生き方 (S.スマイルズ・竹内 均(訳))

明治のベストセラー

 明治初期、1871年に、中村正直「西国立志編」として訳出したサミュエル・スマイルズの「Self-Help」を、著名な地球物理学者竹内均氏が現代において訳し直した本です。

 「天は自ら助くる者を助く」という言葉はあまりにも有名です。
 著者によると、「自ら助ける=自助」とは「懸命に働いて、自分で自分の運命を切り開くこと」だと言います。

 この「自助」の精神を根づかせるべく、著者は具体的な実例を挙げつつ愚直にとるべき態度・あるべき姿勢を説いていきます。
 その根本には、著者の「万人に向けた温かい目」がありました。

(p15より引用) 確かにどんな場合にも、他より抜きん出た力を発揮して人の上に立ち、世間の尊敬を一身に集める人物はいるものだ。だが、それほどの力を持たず名も知られていない多くの人たちでさえ、社会の進歩には重要な役割を果たしている。
 ・・・伝記に名を残した幸運な偉人と同じように、歴史から忘れ去られた多くの人物が文明と社会の進歩に多大な影響を与えている。

 歴史上の偉人の逸話も多く紹介されていますが、それは、「稀有な天才」の賞賛ではなく、「日々の努力」の大事さの教えです。

(p28より引用) ニュートンは、疑いもなく最高の英知を備えた人間であった。彼は多くの輝かしい発見を成し遂げてきたが、その秘訣をたずねられたとき「いつもその問題を考えつづけていたからだ」と、こともなげに答えたという。

 明治維新を迎え、人々は不安とともに、新しい時代の幕開けに大いなる希望・期待を抱いていたのでしょう。
 そういう気風の中、著者の「チャンスは万人にある」との主張は多くの人々の共感を呼びました。

(p56より引用) チャンスは、いつもわれわれの手の届くところで待っている。問題は、それを機敏にとらえて実行に踏み出すかどうかなのだ。

 本書の内容は、安直なHow Toものでもなければ、奇を衒った流行りものでもありません。極めてオーソドックスな修養論です。万人に対して、地道な努力の大事さとその勤勉さは必ず報われることを説いています。

 明治初期、「学問のすゝめ」とともに大ベストセラーになったことは、大いに首肯できるところです。

明治の至言

 「自助論」の薦めは、極めてオーソドックスな教えです。
 諭し方も直球勝負ですし、具体的な例示も分かりやすいものが選ばれています。言わば「当たり前」の薦めです。

 ただ、ときに「おやっ」という新たな気付きの教えがあったり、「そういう言い方もあるか」という逆説的な説示があったりします。
 「本からの知識」についての以下のフレーズは、読書の意味を踏まえつつも、それよりも遥かに大事な姿勢として「行動」「経験」があることを教えています。

(p169より引用) 単なる知識の所有は、知恵や理解力の体得とはまったく別物だ。知恵や理解力は、読書よりもはるかに高度な訓練を通じてのみ得られる。一方、読書から知識を吸収するのは、他人の思想をうのみにするようなもので、自分の考えを積極的に発展させようとする姿勢とは大違いだ。
 つまり、いくら万巻の書物を読もうとも、それは酒をちびちび飲むような知的たしなみにすぎない。そのときは快適な酔い心地を味わえるものの、少しも心の滋養にはならないし、人格を高める役にも立たない。

 「実」のある知恵は、「自ら」考え行動しない体得できないという現実論です。
 そこには常に「自己の意思」があります。

(p171より引用) 実践的な知恵は、自己修養と克己心を通じてのみ得られる。この両者の根底には自尊心が横たわっている。

 こちらは「なるほど」という指摘です。
 有名なイソップの寓話をベースにして、視点を変え、受け手側への忠告に転換しています。

(p180より引用) 成功や繁栄のほうが、むしろ弱い人間にとっては危険なワナとなる場合が多い。世間の冷たい風に外套を吹き飛ばされるのは、心の弱い人間だけだ。ふつうの人間は逆に、太陽から暖かすぎる日差しを浴びると外套を脱ぎ捨て、そのままどこかへ置き忘れてしまう。その意味では、逆境の中で耐えるより幸運の中で耐えるほうが、はるかに強い自制心を必要とする。

 安易な受身への戒めです。

 さて、最後に、本書で紹介されている政治思想家バークの言葉です。

(p181より引用) 「困難と闘いながら、人間は勇気を高め、才能をみがき上げていく。われわれの敵は、実はわれわれの味方なのだ



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