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フェルメールのカメラ―光と空間の謎を解く (P.ステッドマン)

 オランダの画家ヨハネス・フェルメール(1632‐75)は、最近特に日本で人気ですね。
 「フェルメールの青」に代表される神秘的な色合いとともに、その写実的でありながら柔和な筆遣いは、素人目にも素晴らしいと感じます。

 本書は、そのフェルメールの絵の謎に挑んだもの。その謎とは、「彼は、カメラ・オブスクラという光学機器を創作の助けにしたのではないか」という説です。
 カメラ・オブスクラというのは写真用のカメラの前身で、ピンホールあるいはレンズを通して外景をスクリーン上に投影させる装置です。

 著者のステッドマンはロンドン大学教授で建築学の専門家。その立論方法は、フェルメールの絵に描かれた様々なパーツから制作空間の精密な計測を重ね、最終的にはフェルメールの当時のアトリエを立体的に復元することで、実際のカメラ・オブスクラの使用を証明しようとしたものです。(この過程は、Vermeers Cameraというサイトでも詳しく紹介されています)

 とはいえ、フェルメールが何らかの光学装置を用いていたとの説は、著者が初めて唱えたものではありません。本書でも、その代表的論者のひとり美術史家ローレンス・ガウイングの主張を紹介しています。

(p63より引用) あとからの修正もないし、線や下絵の形跡もない。・・・これほど直接的で完璧な客観性をもった描き方は、ほかの画家には見られない。・・・私たちが目にするのは、光の存在するリアルな世界であり、それはまるで、光それ自体の客観的なプリントを記録したかのようである。
 ガウイングの診断に迷いはない。フェルメールの知覚と表現様式がこのように奇妙で異例な特質をもつのは、光学像がもとになっているからである。
 謎、あるいはその謎の技術的な部分は、明白である。そしてそれに対するひとつの答えも示されている。フェルメールはカメラ・オブスクラを用いたと思われる。

 本書は、目次を辿っただけでも、
「1章 カメラ・オブスクラ」
「2章 カメラ・オブスクラを用いたという発見」
「3章 カメラ・オブスクラを教えたのはだれか?」
「4章 描かれた部屋はどこにあったか?」
「5章 フェルメールの絵の空間を再現する」
「6章 謎に迫る」
「7章 フェルメールのアトリエを再現する」
「8章 反論に反論する」
と緻密な考証が続きますが、その中で、特に私が興味をもったのが、「デッサン」なしで描くというフェルメールの画法についてでした。

 当時のカメラ・オブスクラに用いられていたレンズは単レンズだったので、対象に完全にピントを合わせることは不可能でした。その特性が、フェルメール独特の画法を生んだともいえます。

(p214より引用) そのピンぼけで「凝縮された」形式において像は均一の色と色調をもった領域へとより容易に分解され、そしてこれらの色や色調の変化するところに、境目ができる。したがって、これらの境目の多くは、光景のなかの対象の縁には落ちなくなる。フェルメールは、心のなかに思い描くような形や輪郭をもった指、身体、ヴィオラではなく、光や色のかたまりを描くことから始めたのだ。

 そして、この描き方の特徴が、ガウイングをして、フェルメールのカメラ・オブスクラの利用を気づかせたのでした。

 フェルメールが何らかの光学装置を用いたであろうことは、現代の美術史家の間では広く認められているとのこと。

(p221より引用) フェルメールの絵は、西洋美術のなかでもっとも完璧な静物画として定義できるだろう。ここで言う静物とは、そのことば本来の意味で「静謐なるもの」、シュティル・レーベンであり、完璧なる実在の夢である。・・・ここでは、時間が宙吊りになり、日々の生が永遠を装っている。

 フェルメールの絵のもつ静謐さと客観性を語るシャルル・ド・トルナイの文章です。



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