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夢を育てる(松下 幸之助)

250年先のゴール

 松下幸之助氏の本は、氏があまりにも有名過ぎたこともあり、今まで一冊も読んだことがありませんでした。

 今回手にした本は、例の日本経済新聞の連載「私の履歴書」に二度にわたって掲載された述懐をまとめたものです。ご本人の手によるものなので、全編、飾らない親しみやすい語り口で綴られています。
 もちろん、「んんん・・・なるほど」と唸るようなことばが随所に見られます。

(p36より引用) 結局生産者はこの世に物資を満たし、不自由を無くするのが務めではないか。こう気付いた私は昭和7年の5月5日を会社の創立記念日とした。・・・私が使命を知ったときとしてこの日を選んだのだ。そしてこの使命達成を250年目と決め、25年を一節、十節で完成することにした。

 松下氏は、創業後14年も経た後、改めて自らの事業における使命に気付いた日をもって「創立記念日」としたとのこと。

 さらに、その使命達成の期限がこれまたふるっています。5年、10年先が目標というのは聞いたことがありますが、250年先というのは前代未聞です。それほど大きな目標を定め、その目標に向かって25年ごとのマイルストーンを置く・・・、時間軸の目盛りが異次元です。

週休二日制の先駆け

 今では多くの企業で定着している「週休二日制」を松下電器ではすでに昭和40年4月より実施しています。

(p85より引用) 昭和35年1月の経営方針発表会で、好況に酔うことを戒めつつ「国際競争に打ち勝つために週二日の休日を目標に働こうではないか」と次のように方針を述べたのである。
「これからは国と国との間の競争が激しくなります。・・・そのためには、・・・海外との競争に打ち勝つようにしなければならないのであります。そうなりますと、私はどうしても週二日の休みが必要になってくると思うのです。」

 ここからがその理由の説明ですが、これも松下氏一流の言い様です。せっかくですからそのまま引用します。

(p87より引用) 「・・・どういうわけかと申しますと、非常に毎日が忙しくなって、今までゆっくり電話をかけていたというようなことでも、ゆっくりかけていられない。三分間かけていたものでも、一分くらいですますように、しかもそれで用件がチャンと果たせるように訓練されなければならないのです。工場の生産もまたそのとおりです。つまり、八時間の労働では相当疲れるということになります。ですから、五日間働いて一日は余分に休まなければ体はもとに戻らない、ということになろうかと思います。」

 すなわち、
 海外との競争に打ち勝つためには生産力を上げなくてはならない→そのためには生産性(効率)を上げなくてなならない→そうすると集中して仕事をするので疲れるだろう→だから、それを回復させるための休息は増やさなければならない→そうしないと生産性(効率)は上がらない という理屈です。

 私たちの単純な頭では、「生産力を上げるためには労働時間を増やす(休日を減らす)べき」と考えてしまいがちです。しかし、労働時間を増やすことによる生産力の向上には限界があります。単位時間の生産性を上げることが真の競争力の向上であることに松下氏は気付いているわけです。

 さらに、松下氏はこう語ります。

(p88より引用) 「・・・アメリカでは経済活動がどんどん向上発展していますが、それとともに、やはり人生を楽しむという時間をふやさなければならないということのために、二日の休日のうち一日をあてるのです。このように、半分は高まった生活を楽しむために休み、半分は疲労がふえぬために休むという形になって、土曜も休みになる、というように松下電器をもっていかなければ、松下電器の真の成功ではないと思うのです。・・・そうでありますから、まず、5年先には松下電器は週二日の休みをとりまして、給与もまた他の同業メーカーよりも少なくならないというようにもっていくところに、会社経営の基本方針をもたねばならないと私は思うのであります。」

 松下氏は、日本経済が一本調子の拡大基調にある高度成長期の只中で、すでに「ワークライフバランス」の重要性を先取りしていました。そして、その具体的施策としての「週休二日制」を達成期限を定めた会社の基本方針として掲げていたのです。

 さらにすごいことに、その実現期限の昭和40年は高度成長期が過ぎた経済の不況期であったにも関わらず、松下氏は、大きな決意をもって「週休二日制」実施に踏み切ったのでした。

自己観照

 昭和39年(1964年)電子計算機事業からの撤退に際しての松下氏の言葉です。

(p117より引用) 私は考えた。・・・これはここで思い切って撤退しようと迷わず決断したのであった。・・・そう決断して発表したものの、実際はなかなか容易ならんことであった。・・・しかし、やめる決断をしたからには、それも感受しなければならない。・・・
 会社の経営でも何でも、素直な心で見るということがきわめて大事であると思う。そうすれば、事をやっていいか悪いかの判断というものは、おのずとついてくる。傍目八目というけれど、渦中にいる自分にはなかなか自分というものが分からない。だから意地になってみたり、何かにとらわれたりして、知らず知らずのうちに判断を誤ってしまう。
 やはり、自己観照ということが大事である。特に経営者が判断をするときには、この心がまえが不可欠のように思うのである。

 経営において「新規参入」よりも「撤退」の方がはるかに難しいとはよく言われることです。

 現在営んでいる事業ですから、様々な面で現実的な“しがらみ”があるでしょうし、その事業の担当者にも“思い入れ”があります。何とかしようと思えば思うほど、その事業にのめり込んで、周りが見えなくなってきます。客観的・俯瞰的な立場からの判断が益々できにくくなるのです。

 超大企業の創業者であり「経営の神様」と言われるほどの「カリスマ経営者」である松下氏のことばだけに、「自己観照」の勧めには格別の重みがあります。


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