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自由と規律―イギリスの学校生活 (池田 潔)

 著者の池田潔氏自らのパブリック・スクール在校の体験をもとに、その教育方針やそこから窺えるイギリス社会の特質を記した著作です。
 第1刷発行は1949年、敗戦後の日本に英国流個人主義主義思想を紹介しベストセラーになったとのことです。

 日本でいえば中学から高校に相当するパブリック・スクールですが、その教育方針は、長きにわたる伝統に培われ極めて厳格だったようです。

(p6より引用) 大学における『紳士道の修業』が彼等の教育概念の一面であるとまさに等しく、パブリック・スクール学生に課せられた苛烈な『スパルタ式教育』も他の一面であるに外ならない。そして、この盾の両面を正しく見ることが、イギリス教育の実態を把握する上に、不可欠な前提条件あることはいうをまたないのである。

 パブリック・スクールは全寮制でした。そこでは集団生活の規律が最優先されました。そのため、このような寮生活にうまく順応したものもいれば、自らの個性の強さゆえに適応できないものもいました。

(p52より引用) 生来そのような個性を持ち合わせない大多数のもの、またはその抑圧に甘んじ個性を捨てて大勢に順応し得るものには、安穏な生活が許される。・・・
 これに反し、異常な才能を持ち合わせてこれを伸ばすことを許されず、しかも衆愚と妥協することを潔しとしない気概をもったものにとっては、これほど惨めな生活は考えられない。

 寮生活には功罪がありました。が、これは、パプリック・スクール特殊な状況ではないというのが著者の見方です。イギリス社会に普遍的に見られる性向だとの指摘です。

(p54より引用) 帰納し得るところは、パブリック・スクール、否、イギリスの社会そのものが容易に特殊な個性の発展を許さないという一事に外ならない。・・・価値に新しい標準を与え、これを高度に引き上げることによってその共同体のもつ道徳性または学問水準を昂揚せしめようとする企図は、常に猜疑の眼をもって見られることを覚悟せねばならない。むしろ、その共同体において、古来、すでに貴しとされ倫理的とされているすべてに追従し、これを体現して、もって忠実なる個としてその全体の安寧を保つ努力を致すに如くはない。所詮、イギリス人の社会は妥協の社会なのである。

 以上のようにイギリス社会を否定的に評しながらも他方、著者はこうも語ります。

(p91より引用) 妥協によってよく事に処する術を心得ている彼等は、同時に妥協の許されない一線の限界を明確に弁えている。妥協と因循を区別してその境界を曖昧にしないのである。そしてこの明知と勇断が有識者のみの専有ではなく、大衆の一人一人の心胸に深く根ざしている点に、過去のイギリスがしばしば国家的難況に進退を誤らなかった重大な基因が潜んでいる。

 このあたりは、阿川弘之氏がイギリスをもって「大人の国」と評したことと合い通じるものがあります。

 さて、著者は、パブリックスクールの校長もつ絶対的な権限を例に、当時のイギリス社会の特質についてさらに論考を進めます。

(p110より引用) 最後の決断が校長に懸り、彼一人の責任において下されることに変りはない。パブリック・スクールを動かすものは、端的にいって、独裁者による善政である。
 表面の形態はともかくとして、実質が独裁者の善政によって運営されている傾向は、イギリス社会のあらゆる部門を通じて窺われるもっともいちじるしい特徴である。

 パブリック・スクールの存在はイギリス社会の古来からの階級制の一側面であり、その伝統を墨守することに必ずしも同意するものではありませんが、他方、その特権に伴う義務(ノブレス・オブリージ)を当然のこととする姿勢がある限り、まだ良しとされるのでしょう。

 最後に、若者に対する教育における万国共通の要諦、すなわち、教師が教えるべきものは何かという点についてです。

(p121より引用) 十人十色皆異るのであるから一概にイギリスの学校教師の特徴を断定するのは危険である。しかし彼等が青少年に訓えるところで特にわれわれに強く響くことは、要するに、正直であれ、是非を的確にする勇気をもて、弱者を虐めるな、他人より自由を侵さるるを嫌うが如く他人の自由を侵すな、このようなことであると思う。

 パブリック・スクールでの教育の使命は、この「人としての姿勢」を生徒の全生活を通して教え込むことでした。

(p156より引用) 社会に出て大らかな自由を享有する以前に、彼等は、まず規律を身につける訓練を与えられるのである。・・・彼等は、自由は規律をともない、そして自由を保障するものが勇気であることを知るのである。

 規律は、自由を享受する礎であり、勇気は、自由を守る城壁なのです。



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