井岡一翔選手VS田中恒成選手における身体操作の違いの考察

2020年12月31日の大晦日、井岡一翔選手VS田中恒成選手のスーパーフライ級の世界戦が行われました。井岡選手が4階級制覇チャンピオンで、田中選手が3階級制覇チャンピオン。試合前から試合後においてもかなりの話題になった試合でした。

話題になりすぎて、すでに色んな著名な方々が考察・解説されています。なので、今回の記事内容は、例によってボクシングがどうこうよりかは、両者のカラダの使い方の違いについて考察をしていきたいと思います。

まずは、両者の表面的な特徴から。
○田中恒成選手
①パンチのスピードが速い。
②ガードは低め。
③足は前後に動くが、左右の動きが少ない。
④上体が硬い。

○井岡一翔選手
①動きが滑らかで切れ目を感じない。
②ガードがしっかり上がっている。
③足は左右の動きが多い。
④上体が柔らかい。

ざっと、挙げればこんなところかなと。
ではここから、私なりに両者のカラダの使い方は何が違ったのかを考えていきます。

【両者の「違い」】
 一体何が「違う」のか。

 一言で言ってしまうと、それは「みぞおち」です。
 
 私がリアルタイムで見ていて、明確に違うなと思ったところが「みぞおち」でした。

 井岡選手はみぞおちを凄く柔らかく使っていて、上半身と下半身の連動性が高く、動きと動きの間に「間」がないんです。
 一方田中選手はみぞおちが硬く、上半身と下半身の連動性が少し悪く、動きと動きの間の「間」が大きかったように見えます。そしてみぞおちが使えていない分、背中側の筋肉を大きく使っているように見えます。これにより、パンチ1発1発の出力は高く、スピード・パワーは高かったのだと思います。
 ここの差が上記①に顕れていたのかと考えます。瞬間的なスピードは、田中選手の方が上回っていたのですが、その動きと動きの「間」を井岡選手が支配していたがために、トータルで井岡選手の方が空間を支配していたのだと考えます。

 そして②のガードの違いについてです。
 これも「みぞおち」である程度説明ができるかと思います。先程述べたように、田中選手はみぞおちが使えていない分背中の筋肉を大きく使っており、そのため下半身の連動を上手く出来ず、結果上半身メインでパンチを打っていました。下半身の連動・タメがない分、上半身の力みを生み、その力みに腕が引っ張られて腕の位置も下がっていたのだと思います。
 一方、井岡選手は、みぞおちが柔らかく、下半身と上半身の連動性が高く、下半身の力もしっかり使って腕を上げていました。
 ところで、なぜ「みぞおちが柔らかい」と下半身との連動性が高くなるのかというと、「大腰筋」が使いやすくなるからです。大腰筋とは丁度みぞおち奥にある“背骨”から“両股関節”にかけて付いている筋肉で、唯一上半身と下半身を繋いでいる筋肉であると言われています。
 話は井岡選手のガードに戻ります。井岡選手は下半身の力を上半身にうまく伝えるカラダの使い方ができていたため、上半身の筋肉に腕が無理に引っ張られることなく、ガードを上げたままパンチをスムーズに出すことができていたのだと思います。
 カラダのどこか一ヶ所に過度に負担がかかると、傍目に見て何か「違和感」のある動きになります。反対に、カラダ全体をバランス良く使えていると、「違和感」のない「カドの取れた美しい動き」に限りなく近づくことができると私は考えます。

 次に③の足の使い方についてです。
 上記で述べた「大腰筋」ですが、大腰筋が上手く使えていると、股関節で大腰筋と繋がっている内ももの筋肉である「内転筋」や「ハムストリングス」が優位に使えるようになります。ここで大事なのは、内ももや裏ももが使えることよりも、それに伴い、前ももの「大腿四頭筋」を過度に使わなくて済むことです。大腿四頭筋はいわゆる「ブレーキ」の筋肉で、使いすぎると大腰筋の感覚が消えて、カラダ全体の連動性が損なわれやすくなります。
 田中選手は、裏ももも上手く使えていたと思うのですが、それ以上にこの前もも(大腿四頭筋)も同じくらい使っているように見えました。パンチの打ち終わりを見ると、上体の振りに流されないように、前ももで踏ん張っている印象が強いです。カラダ全体の連動性が悪く、体幹が少しブレてしまっています。
 反対に井岡選手はみぞおちを柔らかく使うことにより、大腰筋から裏ももを上手く繋ぐことができ、体幹のブレが限りなくありません。このバランスの良さにより足を前後左右自在に動かすことができたのだと思います。

 最後に④の上体の柔らかさについてですが、これは②で既に説明した通り、背中側の筋肉を過度に使っているか否かの違いだと考えます。みぞおちを柔らかく使えると上半身の筋肉を固めすぎることがないため、上体を柔らかく使えます。

 以上が、両者のカラダの使い方の違いについての私なりの考察になります。

 最後に言っておくと、この考察は両者を比較した上での話であり、両者共に常人のレベルを遥かに超えた身体操作性を持っていることは言うまでもありません。また、一概に井岡選手のカラダの使い方ができればボクシングで強くなれると言うものでもないと思います。今回の試合は、「柔」と「剛」のせめぎ合いで、「柔」が勝ったと言う話であるだけであり、コンタクトスポーツに置いて、「剛」も非常に大切だと思います。
 ただ、今回の試合は、「柔」も大事だ、と言うのが凄く良く伝わる試合だったので、敢えて「柔」にフォーカスして考察してみました。


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