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経営理念を浸透させる必要性と有効性|35冊目『戦略的経営理念論』

瀬戸 正則 著(2017, 中央経済社)


企業のビジョン・ミッションと従業員個人のビジョン・ミッションが創り出す企業文化の研究


私は企業のビジョン・ミッションは大事だけれど、企業で働く個人が、「自分が成し遂げたいこと」「実現させたいこと」、つまり自分自身のビジョン・ミッションを持つことの方がもっと大事なんじゃないかと考えています。

従業員一人ひとりが自分のミッションを持ってビジョンを描いていなければ、毎日はワクワクしないし、自分の判断で意思決定ができなかったり、自ら仕事を創造できない、指示待ち従業員が育ってしまうと思うからです。

それで従業員個人のビジョンやミッションが尊重される企業の研究をはじめました。

修論を書くときに参考にした労働政策研究・研修機構の「ワークシチュエーション・チェックリスト」の質問項目に「ビジョン」についての質問があり、それにもとづいてインタビューをしていたら「うちの会社はミッションはあるけど、ビジョンは従業員それぞれが持っている」と回答してくれた人がいました。

それで最初はビジョンとミッションを分けて考えていました。
しかし、その定義や使われ方を調べていくと、ビジョン、ミッション、それにバリューやパーパスも全部ひっくるめて、それぞれにそれぞれの定義はなされてはいても、結局使うときは混同して使っている企業や個人が多いことがわかりました。
それで、バリューやパーパスの意味も含めて「ビジョン・ミッション」として大括りにしたのですが、企業のそれは「経営理念」という言葉がしっくりくるのかも知れません。

研究を進めて論文を書くために、ビジョン、ミッション、バリュー、パーパス、そして経営理念も加えて、それぞれの定義や概念や関係性を学ぶ必要がありました。
そして、ビジョン・ミッションによってどのような企業文化が創られるのかと考えた場合の、「組織文化」「企業文化」って何なのかを明確にしておく必要もありました。
そうしたことを学ぶために、大いに参考にさせてもらった書籍の一冊が、この、瀬戸先生の『戦略的経営理念論』でした。


社会科学系の論文の書き方

私は大学も経営学部でしたが、大学時代は真面目な学生ではなくて、卒業論文を書かないで卒業してしまったので、社会科学系の論文を書くのは修士論文が初めてでした。

ですので、論文の正しい書き方などとても語れる立場ではありませんが、以下のように理解しています。

論文を書くにあたっては、まず「問いを立てる」ことが必要です。
「仮説」あるいは「リサーチクエスチョン」といいます。

自分と似たような仮説やリサーチクエスチョンをすでに誰かが検証しているかも知れません。
そこではどのような答えが導き出されているのかを、論文や書籍を読んで調べていきます。
これが先行研究調査です。

先行研究を調べてもわからないことはあります。
あるいは先行研究で導き出された結果に納得がいかなかったり、物足りなかったり、条件を変えたらどうなるだろうという新たな問いが生まれたりすることもあります。

そこで今度はインタビューなどの定性調査やアンケート分析などの定量調査の中から、どんな調査方法が良いのかを検討して選択をして、実際に調査を実施して、自分の立てた仮説を検証、分析します。

そして得たインプリケーションを示す、というのが論文作成のオーソドックスな手順だと思います。

『戦略的経営理念論』も大凡はそういう流れで書かれています。


テーマが近いので参考にさせていただいたのですが

私の場合は、定量調査であるアンケート調査と、定性調査であるインタビューによって研究を進めましたが、ビジョン・ミッションと組織文化の関係を探るため、ビジョン・ミッションとは何なのか、組織文化、企業文化とは何なのかを先行研究に学び、定義を明確にしようと考えました。

私の場合は「ビジョン・ミッション」ですが、瀬戸先生は「経営理念とは何か」という経営理念の定義からはじまり、その機能、必要性、有効性、経営理念が浸透するとはどういうことか?を先行研究を通して明らかにしていきます。
さらには「組織文化とは何か」についても検証されています。

「経営理念」と「組織文化」ですから、自分の研究とかなり重なっているわけで、それでとても参考にさせてもらいました。

瀬戸先生はたくさんの文献を読み、経営理念とは何なのか?組織文化とは何なのか?を丁寧に文献を通して研究されています。
もちろん日本の研究者の論文だけでなく、欧米の論文もたくさん研究されています。

私は瀬戸先生が一通りまとめあげたものをまるっと参考にしているので、引用の引用となってしまっており、本来はもっとちゃんと自分で源流をたどっていかなくちゃならないんだろうなと思っています。

先行研究として論文を引用するのであれば、その研究者が独自の調査によって導き出したインプリケーション、その書籍や論文で本当に言いたいところを引用すべきで、先行研究調査のために調べ上げた誰か別の研究者の研究結果をそこから又聞きで引用するのはちょっと違うよな、と罪悪感を感じたりもします。


『戦略的経営理念論』では何が示されているか

では『戦略的経営理念論』で瀬戸先生が何を示しているのかといえば、「経営理念の機能」「経営理念浸透のプロセス」「ミドルの役割」などを2社の中小企業のケース・スタディを通して明らかにしています。

【ケース・スタディ】
ケース・スタディは、現象と文脈の境界が明確ではなく、論拠に複数の情報源があるような場合に、実際に起きている現象を調べる実証的調査と位置付けられるものとして定義される。(Yin, 1994)
実証型の研究は、エスノグラフィーとケース・スタディとに大別される。(坂下, 2004)
ケース・スタディは、あらかじめ理論的に分析枠組みをデザインすることで、背後母集団の中から分析条件に見合うケースを選択的に抽出し、比較分析することで背後母集団の因果関係に直接迫ろうとするものである。(坂下, 2007)
エスノグラフィーは解釈主義であり、ケース・スタディは機能主義。

瀬戸先生は、経営理念が浸透することの効果は、組織統合の強化と外部環境との適応がケース・スタディから確認されたといいます。

経営理念を通して自分の仕事を見ることで、従業員個々が行なっている個別の業務に意味付けがなされます。

組織外部に対しては経営理念を基軸においた経営トップのメッセージがステークホルダーに向けて繰り返し発信されることで信頼関係が構築されます。

そしてそうしたことが従業員のモチベーションや職務満足度の高揚、業務の標準化、効率化となり、企業業績の向上にもつながるといいます。

個人ではなく集団での活動でその存在価値を高めようとする企業では、その方向性を示す経営理念を目に見える形で表現して、組織内で周知徹底することで、従業員が意思決定をする際の指針の明示となり、その組織らしい行動を従業員個人が行えるようになります。

中小企業では経営トップのアイデンティティが経営理念に色濃く反映されています。
そうした経営理念を一般の従業員に浸透させるのにミドルの役割は大きく、ミドルが経営理念を深く理解して、自律した管理者として自覚をトップに期待されています。

経営理念浸透のプロセスには2つのパターンがあるといいます。
1つは形式知的プロセスで、経営トップをはじめ、ミドル、従業員の経験や知見を形式知化して、組織的な行動をとり、メンバー間で共有した形で構築されているパターンです。
OJTや日々のコミュニケーションを通して浸透が進みますが、さらに経営理念の浸透促進を補完するものとして人事評価制度が設計されたり、表彰制度が採用されたりしています。

もう1つは暗黙知的プロセスで、経営理念の浸透が日常的な感覚や意識の中で、明確な認識ではない形で果たす機能が働くことが確認されたとあります。


そして、クリティカルに読んでみる

『戦略的経営理念論』は中小企業の研究です。
中小企業では経営者、創業者のアイデンティティが経営理念に強く顕れています。
経営理念が組織に浸透するには、従業員が経営トップの個人アイデンティティを知覚し受容することが肝要であるといいます。

経営理念の浸透の前に、そもそもその経営理念はそれでいいのかという問題があるかと思いますが、調査では優れた経営理念を持つ企業が選ばれているので、ひとまず「経営理念は優れている」ということが大前提なのでしょう。

研究対象であるA社のミドルに係わる発見事実から「経営者の期待値を常に意識した自律的な行動が認められた」とありますが、経営者の期待値を常に意識していて自律的と言えるのだろうかと疑問を持ちます。

経営理念が浸透するということは経営トップをはじめ、従業員が、理念に沿った行動基準に基づき、一貫した意識や行動を示すということです。
その企業らしさということで、誰もが同じような意思決定をするとも言えます。
すなわち、価値観を等しくした、一枚岩の会社です。

ん?

本当にそれでいいのでしょうか。
従業員誰もが似たような価値観を持っている会社って、本当に良い会社なのでしょうか。
一枚岩って褒め言葉でしょうか。

瀬戸先生はそれを「組織文化の逆機能」として説明しています。
組織文化の定着が露呈させる逆機能は、組織成員の均質化と画一化をもたらします。

あるいは意思決定を経営トップ(あるいは会社のルール)に依存してしまい思考停止することによって、従業員の主体性、自律性が育まれないということも考えられます。

そもそも経営理念が優れている前提で考えていますが、そうでない場合ならどうでしょう。

いや、素晴らしい経営理念だったとしても、単一の価値観で、多様性がないのであれば、企業は経営トップのアイデンティティを超えて成長することはないのだと思います。

「経営理念浸透の最終段階モデル」として、同じ理念的カテゴリーから組織アイデンティティと個人のアイデンティティがとらえられることを示す図が描かれています。

素晴らしい経営理念が示され、それが従業員に浸透することに対して反対意見はありませんが、そこに従業員のアイデンティティ(私の研究では「ビジョン・ミッション」)が掛け合わさることによってなんらかの化学変化が起こり、組織自体が成長、変容していくこと。
VUCAと言われる変化の激しい現代にはそれが必要なのではないでしょうか。

もしかして、そういうことを自分の研究では言いたいのかも知れないなと思いながら読み終えました。


最後までおつきあいいただきありがとうございました。
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