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童話「スーパーヒーローレボリューション」/#007

ジャン、公園でオリンピックを見る


7

 昨日、歩き回って疲れたせいで、僕たちは朝早くに起きることができませんでした。目が覚めるともうお日様は高く登っていて、ソラのお父さんとお母さんはもう起きていました。

 「おはよう、昨日は疲れたね。ぐっすり眠れたかい?」
ソラのお父さんがそう言いました。
 「どうもありがとうございます。」
 僕はやっとそれだけ答えました。

 「そうそう、今朝、政府の管理の方からメッセージが届いて、ジャンくんのことについて聞かれたわ。先のことを相談するために、今日の夕方に管理局からジャンを迎えに来るそうよ。」
とソラのお母さんが言いました。
 「そう。じゃあそろそろお別れなんだね。」
とソラが寂しそうに言いました。
 「お別れと言っても、一生会えないわけじゃあない。」
とソラのお父さんが言いました。そして、
 「今日はどうするの?ギリギリまでお父さんの手掛かりを探すかい?」
と続けて僕に質問しました。
 僕は口を閉じたままで首を横に振りました。
 「そうね。じゃあ今日はソラたちとたくさん遊んだらいいわね。」
とお母さんが言いました。

 ソラは僕を誘って、僕たちはソラの街の外れにある大きな公園に行くことにしました。

 公園に行く前にソラは同じ長屋に住むトムとチッチを呼びに行きました。
 僕が最初にソラに出会った日に一緒に居た少年たちです。
 僕たちは歩いて公園に向かいました。公園は少し遠くて、歩いて30分くらい掛かりました。天気の良い日で、日差しが強く、僕たちはすぐに汗びっしょりになりました。
 
 スラムにはソラの住む長屋と同じような建物がぎゅうぎゅう詰めに並び、長屋が並ぶ同じような風景がどこまでも続いていました。
 こんなにたくさんの貧しい人たちがいるんだな、と僕は思い、胸がチクリとしました。

 車はまったく通らずに、人通りはまばらで、自転車も見かけませんでした。
 街のあちこちには大人の男の人が座って居て、ぼんやりとタバコをふかしていました。お酒を抱えている人もいました。
 街で座っている大人の男の人たちの多くは真っ赤な目をして僕たちを見ると「吸わないかい?」と声をかけましたが、ソラは彼らを見ないようにして無視をして黙って公園への道を急ぎました。 
 「何をしているの?」
と僕が聞きました。
 「この時代は労働はロボットがするので人間は働かないのさ。お金に余裕があって趣味やスポーツや勉強とかすることができる人はいいんだけど、この街の人たちはみんな貧しくてすることがないから街に出てタバコを吸って時間を潰しているんだ。」
とソラが答えました。
 「僕が住んでいた時代には自転車があったんだけど、今の時代にはないのかな?」
と僕が聞くと、
 「自転車ならあるけれど、自転車に乗るのは免許が必要になったんだ。まずDNAのスキャンで自転車に乗る適性があるかどうかが調べられて、それに合格すると自転車に乗るためのルールを学んで乗り方のトレーニングが行われる。貧しい街の人たちは自転車に乗る素養がない場合が多いし、適性検査に合格できたとしてもトレーニングに掛かる費用も自転車を購入するお金もないから乗らないんだ。もっともお金持ちだって人間は働かないし、移動はAIを搭載した自動運転の車か、空中を走る公共の電車が主流だから移動目的で自転車に乗るわけじゃあない。サイクリングの趣味や、自転車競技スポーツを趣味としている人が自転車を持ってるだけさ。」
とソラは教えてくれました。

 公園は僕が想像していた以上に大きくて綺麗でした。

 天然の木材で作られたフィールドアスレチックがあり、たくさんの子どもたちがそこでワイワイと遊んでいる姿は、僕が以前暮らしていた時代とまるで変わりがありませんでした。
 僕たち4人は時間を忘れてそこで楽しく遊んだのでした。
 水飲み場で水道の水を飲んで、中央にステージのある広い場所に行き、そこの一角のベンチに座って一休みしました。
 
 ステージ中央にある液晶の巨大スクリーンのスイッチが自動的に入って、スピーカーから大きな音量で音楽が流れ出しました。音楽とともにスポーツ競技の写真カットが映し出され、アナウンサーや解説者が登場しました。
 「オリンピックだ!」
そう、ソラが言いました。
 「オリンピック?今、オリンピックをやってるの?」
と僕はたずねました。
 「そう、今年はオリンピックの年さ。」

 この2080年でもやはりオリンピックは4年に一度です。
 この時代の人間は遺伝子レベルで肉体を管理されているので、生まれつきにしてどのくらいの速さで走れるのか、どのくらい飛べるのか、どのくらいの力があるのかは、競技をするまでもなくわかっています。
 ですから、競技は能力別、スペックごとに行われます。遺伝子プログラム会社最大手のEH社製のプログラムで生まれた選手の活躍を筆頭に、大手の遺伝子プログラム会社が特別にオリンピックで活躍するために開発をして、プログラムを設定した選手たちがそのスペックを競い合うのがオリンピックです。
 オリンピックに出場する選手の体は鍛え上げられ、研ぎ澄まされ、鋼のようでした。
 まるで農場で働く農耕馬とサラブレットとの違いのように、一般の人と比べて、まるで違ったまさしくスポーツをするために適した体つき、筋肉をしていたのでした。
 「ジャンの住んでいた時代にもオリンピックはあったよね。」
 「うん、みんなで応援したよ。」
 「ドーピング検査というのが厳しくて、選手たちが薬で肉体や精神をコントロールすることが禁じられていたって聞いたことがあるけど本当なの?」
とソラが聞きました。
 
 この時代では生まれる前に極限までスポーツに適した身体となるように遺伝子をプログラムをするし、生まれてからもその能力を最大限に発揮できるように薬や器具や心理療法など様々な手段で最高、最速の記録が生まれるように調整されていきます。薬の使いすぎで身体や心がダメージを受けてしまってはもちろんいけませんが、法律的な意味での制限はなくなりました。医療技術、テクノロジーを駆使して遺伝子プログラム開発の企業たちが記録を目指しています。オリンピックは人間同士のスポーツ競技というよりも、遺伝子プログラム開発企業の商品テスト、最高スペックの測定、そして商品プロモーションという意味合いが濃いのでした。
 
 それでも人類はオリンピックに熱狂しました。自分たちとは程遠くて共感を持てるような選手たちではありませんでしたが、人類史上において次々と未知の記録が生まれる快感がありました。
 ベースボールやバスケットボールといった団体競技に出場する選手たちは、投げる、打つ、走る、飛ぶなど、それぞれの競技に最も適しているように身体が改良されていました。そのためゲームはとても人間業とは思えないほどにスピーディーでエキサイティングでした。
 AIを搭載したロボットが審判を務め、センサーやカメラがいくつも設置されて判定を行なったので、ジャッジミスは限りなく0%に近付きました。ですから、審判のジャッジに不服を言う選手やコーチや観客はまったくいませんでした。誰もが上品で行儀よく応援をしました。
 
 僕たちは、公園のステージの巨大スクリーンで陸上競技をしばらく見て楽しんでいましたが、お日様が西に傾いてきて、もうすぐ暗くなるという頃に家路につくことにしました。


#007を最後までお読みいただきありがとうございます。
#008は3/8(水)に配信します。
次回もどうぞよろしくお願いいたします。

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