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のりくろーの古代妄想 天孫降臨編

❍みなさまこんにちはのりくろーです

古代の妄想シリーズです。これらの基本的な考え方はこちらこちらをご覧下さい。

そして、まずは妄想である事を御承知おき下さい。

わたしは、魏志倭人伝の記述に関してこれまで、さまざまに考えてきました。そして、魏志倭人伝に記述された卑弥呼の時代は、紀記神話における天照大御神の時代だったのではないかと考えています。

今回は、これまで考えてきた当時の古代日本情勢をふまえて、天孫降臨とは何であったのか考えてみたいと思います。

❍天孫降臨とは首都機能移転?

天孫降臨とは、天孫である二二ギノミコトが、葦原の中つ国を統治するために、高天原(天界)から高千穂の峰に天下った事です。

この出来事は、神話的側面から見るとまさに、天孫である二二ギノミコトが天から地上に舞い降りた。となります。この事は神話として事実です。

しかし、歴史書としての側面から考えて、高天原は地上にあったと考えます。(つまり、宇宙人でない限り天から降り立つ事は不可能)

天孫降臨という出来事はその題名のイメージから、天孫が地上に降り立った事が中心の物語と、まずは考えると思います。

しかし、良く読むと、天孫降臨の目的は

ニニギノミコトが葦原の中つ国の統治を開始する

ことです。

このために、高千穂の峰というかなり特定できる地上の地に降り立ったのです。

今回、高天原も地上にあるとして考えているので、高天原という地上のある地点から、葦原の中つ国を統治するために最適な、地上の高千穂の峰に移動したと考えられます。

❍神々と共に

そして、二二ギノミコトは、八百の神々と共に天降ります。

そのまま読みとると八百人です。もちろん誇張していると思いますが、それにしてもおそらく大人数、そして、おそらく高天原の中心的な立場の人々が、一勢に移動したと考えられます。

このように考えると、高天原は少なくとも機能できなくなると思います。

そうであれば、高天原は哀退あるいは消滅してもおかしくないとも考えられます(高天原が天界であればそのような事はありえません、神々は永遠の命があるはずですし)。

このように考えると、天孫降臨は発展していた高天原から、拡大した領土を統治しやすい高千穂の峰への

首都機能移転

だったのではないでしょうか。当然、新たな地域を開発していくためには、さまざまな物資や資金が必要になります。できる限りの物資を持っていったはずです。

服なども出来る限り、まとっていったかもしれません。美しい光景だったはずです。十二単衣の起源だったりして。

二二ギノミコトが高千穂の峰に降り立った時の言葉の中に次の言葉があります。

此地は韓国に向ひ、笠沙の御前を真来通りて

この言葉はもしかしたら、高千穂の峰が葦原の中つ国を統治しやすい理由を述べたのかもしれません。

❍どこからどこへ首都機能を移転したのか

今回の考え方では、高天原は吉野ヶ里遺跡付近だったと考えています。最も発展していたという単純な理由だけです。

高千穂の峰が宮崎県の高千穂町と考えると、その距離はおよそ100km程となります。大変な距離です。

他の方の考えでは、高天原は、関東地方にあったとか、大和地方にあったとか、朝鮮半島だったとかいろいろな説があるようです。それらと較べると距離だけで考えるとより現実的かもしれません。

❍なぜ、このような大規模な移転を行ったのか

もちろん、葦原の中つ国を平定できたからと書かれています。しかし、その背後には、魏志倭人伝に記された

狗奴国と相攻伐する

関係しているのではないかと想像しています。

❍最後までお読みいただきましてありがとうございます

いやー、なかなか理にかなった発想かなと考えるといつも、絶対的な壁にぶつかります。

今回の考えでは、天孫降臨の移動は山々を超えていきます。しかし、古事記では途中で浮島に立つとあります。浮島は海の上にあると思われます。

毎回、必ずこのような決定的な壁にぶつかるので論理的な発想から転落して、妄想と書かざるを得なくなります。残念です。

妄想を書くなと言われるかもしれませんが、妄想と思って単純に面白く読んでいただけるとありがたいです。

記紀神話の正しい解釈はこちらを御覧下さい。

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