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《ドMの晩酌:第18夜》 ゆうこと呼ばれて

深夜の反省会

私は人との会話で生じる「沈黙」というものが苦手だ。特に関係性が浅い人との場合、何か話さなくっちゃと焦ってしまう。

表向きはポーカーフェイスを気取っているが、頭の中ではノリココンピューターがフル稼働、脇汗びっしょり状態だ。

「沈黙」という敵をやっつけるために私は機関銃のように喋る。

相手に問いかけ、その答えに共感し、問いかけばかりだと失礼なので、自分のこともしっかり話し、それをしながら次のネタを考える。

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そして、その夜の晩酌で反省会を行う。

今日は楽しんでくれたかな。
ちょっと喋りすぎたかな。
あのネタいらなかったんじゃないか。
あそこはこう言うべきだったか。
あの時あの人いい表情してたよな、とか。


ランチや会議についてなら問題ないが、飲み会について反省会をするということは、帰宅後さらに飲むわけで、翌日は二日酔い決定だ。

飲んできたんだから、もう飲まなくていいのに。
過去のことなんだから、さっさと忘れてお風呂入って寝ればいいのに。

ドMノリコは反省会という名の晩酌をしてしまう。
そして、自分を恥じたり、後悔したり、リベンジネタを考えたり。

その人と次にいつ会うか、そもそも会えるかすらわからないのに何をやってんでしょうね。

いやいや、いいんだ。
ついさっきの出来事でも過去は過去。

私は、自分の過去を振り返り、自分のヤバさにのたうちまわり、それを爆笑しながら成長するしか方法を知らないんだもん。

ちなみに、このエッセイの読者の中に私と話したことがある人がいるかもしれない。「もしかして、これって自分のこと? ノリコさん、楽しそうにしてたけど、実はこんなこと考えてたんだ。」と憤慨されているかもしれないので、これだけはハッキリさせておきたい。

私が楽しそうにしていたら、それは本当に楽しかったということです。

仮にあなたの返しが私にとってクソつまらなかったとしても、私は被り気味でそこにツッコミを入れ、クソつまらない返しをした理由を問うているはずだ。

このやりとりを深めることで、互いに爆笑したり、驚いたり、しんみりしたり、つながる感じがある。

お互いにパンツを脱いで楽になっていける感じがある。

そこで垣間見える「あなたらしさ」に触れられることが、私にとって最高の娯楽でありツマミなのだ。

そのためなら、私はノリココンピューターをフル稼働させ、脇汗びっしょりになるのは全く苦にならない。どうかこれからも、このスタイルでやらせてください。


で、私はなぜ「沈黙」が嫌いなのかな。

うーん、あー、はいはい。

あの時のバイトで味わった経験がトラウマになっている可能性大だ。

もし今、当時にタイムスリップしてしまったらと考えると、心底ゾッとする。ここまで強い抵抗感があるということは、今夜の晩酌ネタに決定だな。気が重いけれど振り返ってのたうちまわってやろうじゃないの。


その方法がわからない

今夜もキンッキンに冷えたアサヒスタイルフリーを缶専用のマグにはめる。
つまみはホタテ干し貝柱にしよう。

コンビニやスーパーで小さい貝柱10粒くらいで売られているが、実は結構なお値段だ。昔からこんなに高かったんでしたっけ。

でも、いいや。貝柱一個で余裕でビール一缶飲めますし。
ちょっとずつ割けるのってチビチビ食いを好む私にぴったりだ。

ちなみに、うちの長男もチビチビ食い派で「さけるチーズ」1本食べるのに1時間くらいかけている。
将来、彼に恋人やお嫁さんができたら「もー、そのチマチマした食べ方、見ていてイライラするっ!」と指摘されるかもしれない。

息子よ、その時がチビチビ食い卒業のタイミングだな。なるべく女性の言うことを聞いておきなさい。


で、なんでしたっけ。
私にトラウマを与えたバイトのことか。

*******

飲み屋のカテゴリがよくわからないけれど、スナックみたいなガールズバーみたいなお店なのかな、あれは。

私は大学入学とともに学業そっちのけで地元のボウリング場でバイトを始めた(その経緯は「ドMのバイト ボウリング場 前編後編」参照)。

大学を卒業するまでそこで働いていればいいものを、なぜかノリコは未開の地に行きたくなった。飲み屋で働きたかったわけではない。だって私が飲みたいもん。

理由は定かではないが、今までのバイトにやり切った感があったし、春からの上京に備えて短期でお金を作りたかったからではないだろうか。しかし、私はきらびやかな服装は絶対に避けたかった。私のキャラじゃないしお金がかかりそうだし。

見つけた先は、白いシャツに蝶ネクタイ、黒のベストとタイトスカートという、シュッとした感じの制服のお店。

この服装ならさほど抵抗はないな。
よし、面接行ってみっか。

開店前のお店に履歴書を持って面接に行くと、人手が足りないらしく即採用となった。チーママと呼ばれる女性は、引き出しを開けていくつかの箱を物色している。

「あ、これがいいわ。じゃ、この名刺使ってね。」

渡された名刺には「ゆうこ」と書かれていた。
どうやら「初代ゆうこ」はあっという間にバイトを辞めてしまい、大量に名刺が残っていたらしい。源氏名ってものがあるんですね、知らんかった。

その翌日からさっそく出勤し、お酒の作り方やライターの持ち方などお作法についてガイダンスを受けた。

なるほど、なるほど。
おぼえることはそんなに多くないんだな。

「一番大切なことは、お客様から飲み物をご馳走になること、指名されること、ボトルを入れてもらうことだからね。」と、最後にチーママがサラリと言ったことだけが、わかるようで、よくわからなかった。

ゴールがどこなのかはわかるが、そこに辿り着く方法がわからない、みたいな感じ。


開店後、さっそく常連ぽい男性客がフラリとやってきた。

「まずは、私のやっていることを見ててね」

チーママはそう言い、私を率いその男性が座るカウンターの前に立った。

チーママは「この前はどうも~」的な会話から始め、新人である私を紹介してくれた。

私は、相手からの問いかけには答えられるが、自分から何を話したら良いのかさっぱり見当がつかない。

最初の1週間は私が新人だということで、チーママもお客様も大目に見てくれたし、入店祝いということでご馳走してくれた。
しかし、翌週からは待遇がガラリと変わり、チーママから頻繁に小言を言われるようになった。


お酒は作れる。
質問にも答えられる。
しかし、自分から話題を提供したり相手の話に共感することがうまくできない。


たびたび訪れる沈黙。
ご馳走になれない私の背中にチーママの視線がブッ刺さる。
ノルマを果たせずランキング最下位を走り続ける私。

きっと、御馳走してくれた数少ないお客様は、店のシステムを理解していて、ポンコツな私を気の毒に思ってくれたのだろう。

最初に結論を言ってしまうと、私は2ヶ月ほどでこのバイトを辞めた。

理由は心底向いていないと思ったからだ。
親にバレたから続けられないと嘘をつき、逃げるように店を去った。


その理由がわからない

私は「お酒を伴う接客(ノルマあり)=不向き」というガッチガチの方程式を作り、自分がなぜああもポンコツだったのかについて検証してこなった。

再チャレンジするつもりもないし、自分のポンコツさ故の冷遇を思い出すことが辛かったし。

でも、歳を重ねた今、ただ「不向きだった」で片づけ続けるのは薄っぺらいよな。

確かに人には向き不向きというものがあるとは思っている。しかし、質や満足度はさておき、本気でやれば絶対にできないことはないとも思っている。

うー、向き合うぞ。


■ポンコツ理由その①:人の名前をおぼえられない

私は人の名前をおぼえることが苦手だ。

その人が前回何を話していたか、どんな表情をしたかというムダに細かい情報は残っているが、肝心の名前が思い出せない。
名前を呼ばずに無理やり会話を推し進めるも、お客様にそれがバレて「俺の名前知らないでしょ」と頻繁に指摘された。

接客業にあるまじき姿勢だと思う。
さらには自分の源氏名も覚えられなかった。

チーママや先輩、お客様に「ゆうこ」呼ばれても、自分のことだとわからない。

「ゆうこ」だという自覚がないし、自分が担当しているお客様との会話にテンパり耳に入らないときもあったと思う。

大概3回目でやっとこさ気付き返事をしていた(らしい)。そりゃ怒られるわな。


■ポンコツ理由その②:話題提供がド下手

私は自分から話題を提供することが極端に下手だった。

チーママや先輩から技を盗もうと聞き耳を立てると、「私、この前こんなことがあったの」とか「今、こんなこととで悩んでて~」とか、いわゆる「自分について聞いてよ」ネタを次から次に披露している。

思えば、私はそういう話を人にすることは滅多になかった。自分の体験に相手が興味を持つか疑問だったし、見ず知らずの人に相談したいとか全く思えない。

その気もないのに相談を持ちかけるなんて、相手にめちゃくちゃ失礼じゃないか。

うーん、硬い、硬すぎる。
そりゃ接客どころか友達もできないわけだよな、ノリコ。


■ポンコツ理由その③:男性が話す理由がわからない

仕事や趣味のこと、世間に関するネタを話す男性客が多かったが、ほとんどの人が出来事だけを話す。

私は共感したくて「なぜ、この人はこの話をしているんだろう」と真剣に推察する。

えーと、出来事はわかったんですけど、それについてどう思っているのか、そもそもそれを話した理由は何なのでしょうか。

そして、何を求めているのでしょうか。

私に何か言ってもらいたいのか、聞いて欲しいだけなのか、褒めて欲しいのか、叱って欲しいのか、笑って欲しいのか。

ずぇんずぇんわからなかった。

ノリココンピューターをいくらフル稼働させても答えが出ない。

絞り出した言葉は「なるほど」「そうなんですね」くらいだった。

うーん、実につまらない女だな、ノリコは。
それじゃ指名どころか御馳走してくれるわけないじゃん。

■ポンコツ理由その④:ご馳走になることが苦手

当時の私は、人からご馳走になることは「申し訳ないこと」だと思っていたし、今もさほど得意ではない。

チーママや先輩たちは気軽に「私も飲みたーい」と言ってご馳走してもらっていたが、私にはなかなかそれが言えなかった。

めちゃくちゃ頑張って発した言葉は「ご馳走になってもよろしいでしょうか」だ。

可愛げが全くないぞ、ノリコ。
さらには、それを快諾してくれた際のお礼の言葉が「ありがとうございます(お辞儀付き)」だもん。

ノリコ、ここは夜のお店だよ。そのキャラは違うんじゃないの。

■ポンコツ理由その⑤:そもそも女性が接客する店の存在理由がわからない

私はそもそも、男性が何を求めて女性が接客する店に飲みに来るのかがわからなかった。
実は今もわからない。
誰か教えてくださいよ。

それがわかれば、それなりに演じることができたのかもしれないな。

求めに応えるのはノリコの大得意とするところですよ。


********* 


このようにポンコツな私は、お客様との会話から逃げたくて、積極的に氷の塊をアイスピックで砕いたりお通しを皿に盛ることに忙しいフリをしては、ボーイさんに「ゆうこはカウンターに戻れ」と叱られた。

うー、今すぐ男性に性転換してボーイになりたい。

酔ったお客様がグラスを割ると喜んで片付けに行き「ゆうこちゃんはいいから自分の担当の席に戻って」と先輩に叱られた。

唯一私が天国だと感じることができた瞬間は、カラオケが好きなお客様に「ゆうこも歌えよ」と言われる時。

別に人前で歌いたかったわけじゃない。
これやってたら会話しなくていいんだもん。
なんなら100曲くらい歌いましょうか。

でも、当時の私は洋楽を聞くことが主で、邦楽なんて小学生までの記憶で止まっていた。逆に両親が好きだった演歌みたいなもんはかなりインプットされてまっせ。

お客様はしかめ面で「じゃ、なんでもいいよ」と吐き捨てるように言い、私は太田裕美や岩崎裕美、五輪真弓の歌なんかを歌っていた。

ムダにハートつよいな、ノリコ。


うー、あまりの当時の自分のヤバさに、酔いがまわってきた。
どうしたんだろう、まだ二缶目なのに。

よし、酔った勢いで克服するんだノリコ。


誰か、私にご馳走してくださ~い♡ 
そして一緒に他愛もないお話でもし〜ましょ♡

(イラスト:まつばら あや)

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