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主夫が提言するこれからの父親支援 〜『イクメン』世代のジェンダー観と男性問題〜 2

2 イクメン世代の実感


 16年前の平成16年(2004年)に長女の保育園生活が始まった。毎日の送迎は私の役目。長女がお世話になった保育園は園児120人の大規模園。その中で毎日の送迎を父親がしている家庭は当時、和田家だけだった。父親が全くいなかったわけではない。送迎には父親の姿も見られた。けれどもレギュラーで父親が毎日の送迎を担当している家庭は他になかった。16年後の令和2年(2020年)現在、毎日の送迎を父親がしている家庭は全く珍しくない。朝の送りに限定すれば2割の家庭が父親だ。
 自分自身にも葛藤があった。長女を保育園に送迎し始めた当時、毎日送迎する父親の姿が珍しかったこともあって、同じクラスの母親たちがよく声をかけてくれていた。「お父さんが毎日送迎してくれるなんて羨ましいです」。それに対して私はいつも言い訳をしていた。「ウチは僕の方が働く時間が短いので」。とても微妙な言い回しだ。私は主夫でパートタイマーだったのだけれど、それを素直には言えなかった。男性としてどこかに引っかかりがあったのだ。「ウチは妻が主に働いていて僕は主夫です」と素直に答えられるようになるまで1年を要した。
 それから6年後の平成22年(2010年)、『イクメン』という言葉が広まり始めた。新語・流行語大賞や、イクメンタレントが売れるのを私は嬉しく感じていた。自分の時代がやってきたと思った。と同時に違和感もあった。育児をする父親『イクメン』は世間から褒められる。「父親なのに子育てをするなんて偉い!」。保育園の送迎で「お父さんが毎日してくれるなんて羨ましい」と言ってくれた母親と同様の褒め言葉。
 でもそれはおかしい。父親も母親も同じ『親』なのだ。親が子育てをするのは当然のこと。私も保育園で羨ましがられた当初は嬉しかった。けれども夫婦の役割分担で当然のことをしているのに羨ましがられることに違和感も募っていた。自分が褒められる半面、妻への風当たりがやや強いこともあった。「夫に家事育児をさせてあなたは何をしているの?」。妻に直接言う人は少なかったけれど、会話の端々にそんな疑問符を感じることは多かった。妻は仕事をして稼いでいる。もし妻が男性ならば『イクメン』と褒められるくらい家事育児の役割も果たしているのに。
 『イクメン』という言葉が嫌いな父親もいる。自分が子育てをしていない罪悪感からではない。子育てをしている父親が、自分は当たり前にしている役割に『イクメン』というレッテルを貼られることが嫌なのだ。
 平成27年(2015年)にフランスのリベラシオン新聞の取材を受けた。育児をする父親グループであるファザーリング・ジャパンが珍しいので記事にしたいとのこと。日本よりも男女共同参画が進んでいるフランス。インタビュアーの男性記者に逆に聞いてみた。「フランスに『イクメン』に当たる言葉はあるか?」。記者は不思議そうに答えた。「ない。あるとすればそれは『父親(père)』だ」。
 イクメンブームの始まりから10年、『イクメン』という言葉も一回りして、必ずしも褒め言葉ではなくなっている。『週末イクメン』『なんちゃってイクメン』『SNSイクメン』など、イクメンアピールする男性を揶揄する言葉も広まっている。でも10年以上前の父親は外向けにアピールもできないほど子育てをしていなかったのだ。
街の景色は変わった。乳児連れで外出しているご夫婦、その多くは父親が子供を抱っこしたりベビーカーを押したりしている。イクメンブームの始まりから10年後の令和2年(2020年)1月25日の新大阪駅、新幹線の待ち時間30分の間に観察してみた。私の前を通った乳児連れのご夫婦は78組。そのうち64組の乳児は父親に抱っこされる、もしくはベビーカーを押されていた。父親率は実に82%。いつの間にか日本の子育ては16年前からは想像がつかなかった風景になっている。少なくとも家の外では。

2019年度 吹田市立男女共同参画センター調査研究報告
男性問題から見る男女共同参画〜ジェンダー平等の実現と暴力・DVの根絶に向けて〜
に寄稿した記事の再録です。

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