カタールW杯準決勝、クロアチア対アルゼンチン戦のプレビュー

 フランス、アルゼンチン、クロアチア、モロッコ。現時点におけるブックメーカー各社の優勝予想はこのような順番で並ぶが、その間隔は均等ではない。1番フランスと2番アルゼンチンの差はごく僅か。そこから大きく空いて3番クロアチアと4番モロッコが後方につける。クロアチアとモロッコの差はほぼないが、アルゼンチンとクロアチアの間は大きく離れている。優勝候補はフランスとアルゼンチンで、ダークホースがクロアチアとモロッコ。ブックメーカーはもちろん、多くの人がそう見ているものと思われる。

 準決勝の対戦カードは、アルゼンチン対クロアチアと、フランス対モロッコ。もし順当に行けば決勝はアルゼンチン対フランスになるが、はたしてこのカードが実現する可能性はどれほどあるだろうか。普通に考えれば70%以上となるが、僕はそれほど高くは見えてこない。せいぜい50%とはこちらの予想になる。準決勝のどちらかで番狂わせが起こるのではないかと見ている。

 準決勝の行方を占う前に、まずは準々決勝の感想を少し述べてみたい。

 今回の準々決勝4試合のなかで筆者が最も面白かった試合は、クロアチア対ブラジルだ。最終スコアは1-1。延長、PK戦の末にクロアチアが勝利した試合だが、今大会ここまでの中でも1,2を争う上等な試合だった。レベルや内容、そしてエンタメ性も申し分なし。クロアチアの粘り強さに感激した試合となるが、敗れたとはいえ、ブラジルも決して悪いサッカーをしていたわけではなかった。むしろ過去のブラジル代表の中でも上位に位置する、個人的に好みのサッカーをしていた。

 日本と同じくクロアチアに延長PK負けしたブラジルだが、それぞれの試合内容は、大袈裟に言えば180度異なっていた。日本が120分間後ろに引いて構えたのに対し、ブラジルは当然のことながら、終始クロアチアを攻め立てた。それでもなかなか点が入らなかったのは、ブラジルが悪かったからではなく、クロアチアの陣形に穴がなかったからだ。

 選手の質で勝るブラジルに押し込まれることは、クロアチアは試合前からある程度覚悟はしていたはずだ。しかし、だからといって、日本のように後方に人が余る5バックでゴール前を固めるような守備的な作戦を、クロアチアは取らなかった。4-3-3の布陣をコンパクトに保ちつつ、可能な限り高い位置でブラジルにプレッシャーをかけ続けた。そして、ボールを奪ってもそれなりの選手が揃っているので、ブラジルを慌てさせる場面を作ることもキチンとできていた。GKドミニク・リヴァコビッチの好セーブが目立ったことは確かだが、クロアチアがブラジルを相手に高い位置でやり合い、ブラジルに連続した攻撃を許さなかったこともまた事実だ。それがチームに良いムードや自信を生み出し、選手を乗らせた要因となったと僕は見る。その代表格がキャプテンのルカ・モドリッチであり、GKのリヴァコビッチだった。

 クロアチアの10番モドリッチと、ブラジルの10番ネイマール。この試合を分けたものをあえて挙げるとすれば、この両エースの差だと僕は思う。クロアチアの布陣は4-3-3だと先ほど述べだが、その右インサイドハーフを務めるモドリッチのポジションは、この試合では通常よりも少し高かった。ブラジルのネイマールに近い、1トップ下付近のようなポジションに構えることが多かった。それだけに、この両エースの違いは鮮明になった。具体的に言えば、相手ボール時のときの対応になる。

 モドリッチは37歳という超大ベテランにも関わらず、終始ブラジルボールを追い続けた。そしてたびたびインターセプトを成功させ、チャンスを作った。一方のネイマールは、延長戦の前半終了間際に待望の先制ゴールを決めたのはいいが、それ以外の時間でのチームに対する貢献度は、率直に言えば低かった。1トップ下のようなポジションにも関わらず、相手ボールになると、チームが行うプレッシングの役には立っていなかった。その守備意識が、同じポジションのモドリッチに比べて数段低いことがよくわかった。ネイマールの前にはセンターフォワードのリシャルリソン(途中交代で出場したペドロ)が常に構えているので、ブラジルは相手ボールになると、守備ができない選手が2人も発生した。この試合のボール支配率がほぼ互角だった原因はここにある。ブラジルはボールを奪い返すのに時間がかかってしまったのだ。一方のクロアチアは高い位置で構えるモドリッチが守備をしまくっていたので、プレスはとてもよく効いていた。ボールを奪い返す術で、クロアチアはブラジルに勝っていた。

 クロアチアの4-3-3は、この試合でも最後まで崩れなかった。ブラジルによほどのスーパープレーが出ない限り、得点を奪われそうな気配はしなかった。それだけにネイマールの叩き出した先制点は鮮やかな崩しだったが、クロアチアは諦めずに最後まで良いサッカーを貫いた。放り込みやパワープレイには走らず、丹念にサイドをついた。その結果が同点ゴールに現れた格好だった。

 繰り返すが、ブラジルのサッカーもそこまで悪くなかった。しかし、選手の力量を踏まえれば、ボール支配率で互角に持ち込んだクロアチアの攻撃的な姿勢が目立った試合だったと言える。PK戦に突入した時、その行方は、なんとなくだが見えていたような気がする。どちらがより自分たちのペースで戦えたか、どちらが精神的に優位だったかと言えば、クロアチアの方だったからだ。最後まで目が離せなかった、準々決勝1番の好勝負だったと僕は思う。

 そのクロアチア対ブラジル戦の直後に行われたアルゼンチン対オランダ戦も、最後まで目が離せない、予想外の展開となった。

 後半28分、メッシのPKで2-0とアルゼンチンがリードした時、この試合がPK戦までもつれると予想した人はほぼいなかったはずだ。そこからオランダが1点を返して迎えた、終了間際のラストプレー。あのトリックプレーには正直驚いた。観客全員を欺くような、まさに劇的な同点弾。このトリックプレーに、オランダ代表監督、ルイス・ファンハールの曲者ぶりを見た気がするのは僕だけだろうか。名将はタダでは死なないとはよく言われるが、この土壇場での同点弾にそれはよく現れていた。もしPK戦で勝利していれば、オランダはもちろん、ファンハールも今頃もっと称賛されていたに違いない。ファンハールは後半になるとより攻勢に出たが、ではなぜ最初から攻撃的なサッカーをしなかったのか。個人的にはそこが残念でならない。オランダらしくない、前半のその守備的なサッカーが、最後に足枷となった気がする。決して強そうではないアルゼンチンを倒す絶好のチャンスだった。御年71歳のファンハールは、おそらくこれが監督としての最後の姿となるだろう。8年前のブラジルW杯も含め、このカタール大会でも決して良い負け方だったとは言えない。だが、それでも見せ場は作った。最後までこちらを十分楽しませてくれた。ありがとう、そして、さらばファンハール。いまはそう言いたい気持ちだ。

 楽勝かと思われたオランダ戦で思わぬ展開に持ち込まれたアルゼンチンも、サッカーの内容は相変わらずパッとしない。メッシもパッと見では活躍しているように見えるが、やはり全盛期に比べれば活躍度は高くない。残る2試合でメッシが活躍しそうなイメージが浮かびにくいのだ。

 次のアルゼンチン対クロアチア戦。サッカーの質で上回るのは、明らかにクロアチアだ。クロアチアが正統派の攻撃的なサッカーをするのに対して、アルゼンチンは前のオランダ戦で5バックになりやすい3-3-2-2(3-5-2)という布陣で戦っている。クロアチアの4-3-3とこのアルゼンチンの3-5-2が交われば、アルゼンチンの苦戦必至。3-5-2は事実上、5-3-2になる。この状態ではそれこそメッシの爆発に期待するしか道はないが、ここまで全試合にフル出場している35歳のメッシにそれは難しいがする。メッシに次ぐアルゼンチンのビッグネーム、ディマリアもすでに34歳のベテランだ。もはやかつてのような活躍を期待することは厳しいだろう。それでもあえてアルゼンチンに分があるところを挙げるとすれば、メンバーのやりくりだろうか。初戦のサウジアラビア戦で負けたこともあってか、結果的に多くの選手を使うことができている。クロアチアよりも選手の層は厚そうに見えるが、そのメリットを生かせるかどうか。リオネル・スカローニ監督の采配に注目したい。

 一方のクロアチアは、サッカー的な問題はないが、心配なのは選手の疲労度だ。決勝トーナメントはここまで2戦とも延長PK勝ち。また、アルゼンチンに比べて、ほぼ固定されたメンバーがスタメンに名を連ねる。中盤のモドリッチ、コバチッチ、ブロゾビッチの3人は、ここまでの全5試合に先発している。もはやここに代えは効きそうにない。たとえアルゼンチンに勝ったとしても、決勝戦で息切れしそうで不安でならない。
 
 筆者はサッカーの質で上回るのクロアチアが優勢だと見るが、選手の層はアルゼンチンの方がやや上だ。もし延長までもつれるとすれば、逆に余力がありそうなアルゼンチンの方が有利に見えてくる。今大会まだ先制点を取られていないアルゼンチンからクロアチアが先制すれば、試合は俄然面白くなる。アルゼンチンの魂に火が灯ることになる。試合開始までまであと少し。結果はいかに。

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