マガジンのカバー画像

ショートストーリー

5
軽い読み物
運営しているクリエイター

#小説

小説「許方教室」

――――――――――――
「どうぞ」という声に返事が返ってきたのは2拍置いてからだった。「失礼します。」部屋に入ってきたのは全身黒い恰好をした冴えない男。「どうぞおかけください。」招き入れたスーツ姿の男は何も考えていないように見せかけているようだった。部屋の中央に置かれた三連のテーブル。その真ん中に2人が向かい合わせに座った。「熊倉といいます。永井さんでよろしいでしょうか?」「はい。よろしくお願い

もっとみる

小説「鉄琴バードヒル」

――――――――――――
「私、ですか?」琴音は店長にそう聞き返した。「そう。チャイムといえば琴ちゃんじゃん。もらい先、よろしく頼むよ。ネットのフリマアプリとかはやめてね。」そう伝えると店長はバックヤードの薄暗いスペースをすり抜けていった。吉田屋は町の小高い丘の上にある老舗デパートである。かつては町で一番の面積を誇る建物だったが、あと半年でその歴史を終えようとしていた。福嶋琴音が吉田屋に入社したの

もっとみる

小説「tesoro」

――――――――――――

明日は定休日。「CLOSE」を下げなくてもよいのです。父が亡くなってちょうど四半世紀のこの日には、形見のアコギを修理するとずっと前から決めていたのです。替えの弦もこの日のために買っておきました。とはいえその作業場はいつもの職場と同じ、革の匂いの満ちたこのスペース。住まいは別にあっても、私にとって手を動かす場所、ものを直す場所はここなのです。さすがに30年もののアコギを鳴

もっとみる