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一難去ってまた一難

ということわざがある。

一つの危機を乗り越えたものの、また次の試練がやってくるといった状況で使われるもの。

"一難" の種類にもよるが、僕は基本的に同じ類の一難が続けて起きる場合は、最初に来た一難に対して本質的な解決をしていないからなんじゃないかと思っている。

 例えば、人間関係のトラブルが生じた時、自分で解決に向かうための思考を即座に放棄し、すぐに誰かに相談したとする。相談相手の指示をそのままトレースしつつ、ガワだけの行動、もしくは相談相手に実際に動いてもらって危険の回避がかなう。その時点では作戦が上手くはまり、自分の中で "解決した" という実感も芽生える。

ただし、こうした解決方法は長尺でいう解決には至っていない。

自分で考え、大げさに言うと自分の魂がこもった言動で解決しない限り、「条件を満たしていない」とみなされ、ほどなくして次も別シチュエーションで同じようなトラブルが訪れる可能性は高い。

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 決して全てを自分だけで解決するタフネス論を語っている訳ではなく、いかにまず自分自身で考え、できることできないことの精査、できるとしたらどのくらいの手間や努力が必要か、などを一生懸命考え、それでもダメなら信頼のおける他者に相談すれば良いと思う。

ちゃんと考えに考えたぶん、芯のようなものは残っているし、その芯を一つの基準として他者のアドバイスやサポートを受けることで、自分自身の血が通った解決方法をきっと見つけることができるだろう。そしてそのような過程を経て起こした行動が解決に至れば、きっと次回は二度と起こらない "一難" として、深く刻まれることになるはずだ。

 僕もトラブルと思しき状況に対峙した時、やはりその思いを忘れず置いておき、エネルギーを本質的な解決に注ぎ込めるよう常に知恵を絞れる環境を確保しておきたいなと思っている。

今日はこんなところで。

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