見出し画像

『ヘルシンキ・ブックフェア2021』ハイブリットで開催

毎年、書物好きの心をワクワクさせるブックフェア。しかし、昨年は残念ながら全面的にオンライン開催になってしまった『ヘルシンキ・ブックフェア2020』。そのことをに、2021年のブックフェアは「オンライン開催になるのか、はたまたハイブリッド開催になるのか、いまのところわかりませんが、それがどのようなものになるにせよ、今年の経験を生かしたスタイルの開催になることを今から楽しみにしています」と締めくくりました。早いものであれから一年。そして嬉しいことに、今年は無事、例年の会場で、例年の時期に、4日間にわたって開催され、多くの本好きが楽しみました。今回は、その『ブックフェア2021』の様子をお伝えします。

うえやまみほこ(フィンランド語翻訳)

 ≪会場の様子≫

今年のブックフェアは、例年通りの会場で開催され、会場内に設置された12のステージでは、これもまた例年通り30分刻みで作家インタビューなどのプログラムが組まれていていました。一番大きなメインステージと児童書や絵本がテーマのサブステージのプログラムは、「オンラインでのライブ配信」と「ストリーミング配信」にも対応。ライブ配信されたものは、会期後1か月間は後追い視聴が可能で、遠隔地の本好きも楽しめる方法も維持されていました。
いうまでもなく、各ブースは全体的にゆとりのある広さが確保されており、またブース内の販売台の間隔もかなりゆったりと設営されているなど、人々が密集しないような工夫が施されていました。
来場者たちが楽しみにしている新刊書を出した作家たちのトークイベントの内、人気作家のものは、例年一番大きなステージで行われますが、これが、ライブ配信の対象で、通路を挟んだ隣の展示会場で単独で設置されていました。
コロナの影響で全体的に出展社数は減っていましたが、書店や出版社のブースの他に、いつも通りに古本屋さんや切手・コイン、蔵書票などのコレクターが楽しみにしている出展も、例年通りありました。
トークや読書会などのプログラムは、4日間で1000種以上とこれは例年通りの数。ステージでのトークが終わると、各出版社のブースでサイン会。出版社や書店が主催するミニミニトークイベントも例年通り。こちらも参加者があまり密集しないように、いろいろな工夫がなされていました。

画像1

サブステージでは、ストリーミング用にラジオ・スタジオのような
ボックス内で対談が行われていた 

トークでステージに立った作家やインタビュアーたちはみな、オンラインで行われた昨年のことを思い出しながら、2年ぶりの会場開催を楽しんでいる参加者たちの様子に感動しているようでした。
一方、例年なら数多くみられる、先生から渡された課題リストを手に、数人ずつまとまってあちこちのブースめぐりをしている、オキマリの小学生や中学生たちの姿。さすがに今年は、小学生の姿は見られませんでした。ということもあって、来場者の数は例年に比べかなり少なかったという印象です。

≪自伝、評伝、長編がめじろ押し≫

さて、次はいよいよブックフェアのメインテーマ、書籍の話題です。
なんといってもブックフェアの目玉は新刊書ですが、今年、特に目立ったのは評伝や自伝の分野だったように感じました。
小説の分野では、果たして最後まで読み通す人がいるのだろうかと思われるような、長編作品が話題になっていました。映画やドラマでは本編とは別に、ディレクターズ版が出ることがありますが、正規版(1036ページ)と著者がカットしなかったディレクターズ版が同時発売された作品もあったほどです。(下の写真)Miki Liukkonen(ミキ・リウッコネン)著 Elämä: Esipuhe (仮邦題『人生:序章』WSOY社刊)

画像2

いろいろな著者のインタビューを聞いていると、この1年半の間、「普段取り組んでいる物書き以外の仕事はすべて延期かキャンセルになったため『書くしかなかった』」と言う作家たちの発言を何度も耳にしました。また、「小説では、近未来を見据えて描きだしたり、今、人類の全てが、ほぼ同じように体験している〈コロナの蔓延〉というこの事態をどう捉えるのかを考える、良い機会になった」と発言されている場面にも、何度か行き当たったことも印象的でした。
評伝作品の分野では、2018年に、F1ドライバーで、今シーズンを最後に引退することを表明したキミ・ライッコネンを描いた評伝が発表されて以降、著名な作家たちが著名人の半生を描き出す作品が刊行されるのが、昨今のフィンランドでのトレンドになっているようです。

Kari Hotakainen(カリ・ホタカイネン) 著 Tuntematon Kimi Räikkönen  Siltala社刊
(邦訳『知られざるキミ・ライッコネン』五十嵐淳 翻訳・監修 三栄出版刊)


今年は、ロック界の大御所であり、作曲家としても活躍した、活動歴40年を誇る魂の歌手イスモ・アランコ(Ismo Alanko)の人生を描いた作品も発表されました。

画像4

Katja Kettu(カトゥヤ・ケットゥ)著: Elämä kerta(仮邦題「イスモ・アランコ伝」)Johnny Kniga社刊
また、参考のためにIsmo Alankoの代表曲のひとつ、”Rakkaus on ruma sana”(仮邦題「愛っていかさない言葉」)をお楽しみいただけるYouTubeをご案内します。    

また、評伝分野で注目を集めていた今ひとつの作品に、ジャーナリストのケンッパイネンが著したロック・ポップス界の大御所Kaija Koo(カイヤ・コー)の評伝があります。

Jouni K. Kemppainen(ヨウニ・K・ケンッパイネン)著:Taipumaton(仮邦題『不屈』)WSOY社刊

画像3

そのカイヤ・コーは、今年、同名のアルバム『Taipumaton』を発表し、同年代のファンはもちろん、若者たちからも注目を浴びるようになったといわれています。なお、から楽しむことができます。          

その他、私が興味を持った作品に、前の政権(ユハ・シピラ内閣2015年~2019年)時に外相を務め、その後あっさりと政界から引退したティモ・ソイニの自伝があります。

Timo Juhani Soini (ティモ・ソイニ)著:Yhden miehen enemmistö(仮邦題『たった一人の多数派』)Otava社刊

画像5

聞き手を引き込む話し方、内容の分かりやすさは相変わらずのもので、現政権への苦言もさりげなく散りばめながら、政治の役割や、国民が投票することで政治に参加することの意義、小さな一票をいかに大きくして行くか、などといったことを紐解いています。

≪ご案内≫

ブックフェアに先立ち、FILI(フィンランド文学振興協会)主催の翻訳者向けセミナーにも参加しました。参加者は主にヨーロッパの国々の人たちでしたが、約80名のフィンランド語翻訳者たちが一堂に会しました。セミナーでは各国の翻訳者が抱える悩み事なども語られましたが、一方で互いの情報共有の場にもなるなど有意義な場となりました。
セミナーのプログラムにはフィンランドで翻訳版権を扱っているエージェント5社も参加していて、各社が推す作品の紹介や個別面談もあったりして、ちょっとした商談会にもなりました。

このセミナーへの参加の成果は、来春(2022年4月)、「北欧語書籍翻訳者の会」で開催予定の『expo2022 未邦訳書籍展』で、日本の出版社の皆さま向けてご案内できるよう準備します。ご興味のある編集者の方々は、会のメールアドレスへご一報いただければ幸いです。

ブックフェア会場内の写真はいずれも筆者が撮影したものです。

(文責 上山美保子)

#フィンランド #北欧語書籍翻訳者の会 #読書 #ブックフェア

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?