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バイキングの狂戦士ベルセルクとベニテングタケの関係

きのこのなぐさめ』(みすず書房)の作者、ロン・リット・ウーンは作中でこのように述べています。

mushroom’ とグーグルで検索すると︑インターネット上に無限に出てくるのは、トリップする幻覚を見るためのきのこであって、食用きのこではない。サイバースペースできのこを探し求める人々の興味をそそるのは幻覚誘発性きのこである。バイキングの狂戦士ベルセルクときのこの摂取には関連性があるとも言われている。さらにサーミの祈禱師はベニテングタケを食べるトナカイの尿を飲んでいたはずだと、広く信じられている。たとえトナカイの尿が薬としてサーミの治療師に用いられていたにしても、バイキングやサーミの幻覚誘発性きのこの摂取に関するこういった面白い逸話を裏づける証拠は、残念ながらほとんどない。私も含めて多くの人が、このような奇妙な噂を裏づける研究がないのは大変残念だと思っている。
(『きのこのなぐさめ』222ページ。引用)

私はノルウェーには、このベルセルクについてどんな説があるのか、少々調べてみることにしました。

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●ヴァイキングは戦争に魔術を用いていたでしょうか。

ヴァイキングは剣や斧と盾だけで戦っていたイメージがありますが、いくつもの文献により魔術や呪術を使っていたことが分かっています。Witchcraft and Magic in the Nordic Middle ages(北欧の中世に使われていた魔術と呪術)を書いたステファン・A・ミッチェルによるとヴァイキングの精霊や魔法使い信仰は、サーメ人のシャーマニズムに影響を受けていたようです。

 ヴァイキングは霊魂や魔法を信じていました。古代アイスランドの物語を総称してサガというのですが、そのひとつ、エギルのサガにはエギルが霊魂を呼び寄せるために、馬の頭を棒に挿したことが書かれています。ですからバイキングが魔法のひとつとしてなんらかのきのこや、薬草を用いて不死身の勇猛な戦士になろうとしたことも、当然のように思えます。

画像4Ak ccm/Wikimedia Commons

●狂戦士またはベルセルクは神話かそれとも真実でしょうか

さて、北欧人はベルセルクと聞くと、ベニテングタケに酔って、怖い物知らずで戦う戦士を思い浮かべるといいます。実は、今話題のアニメ、ヴィンランドサガにもビョルンという登場人物がベニテングタケを食べて、狂戦士化するシーンが出てきます。

 では、ベルセルクとはどんな存在だったのでしょう。それには幾つかの説があります。まずはベルセルクの語源は、熊の毛皮の上着をまとった者という意味であることから、バイキングの中でも飛び抜けて優秀な戦士であり、王様直属の護衛だったというもの。彼らは身軽に動かなければならなかったので重い鎖かたびらではなく、動物の毛皮を身につけていたのではないかと言われています。または熊の毛皮の上着を着て祭儀を行うシャーマンという説もあります。

 もうひとつには、複数のサガに出てくる凶暴なイメージから当時の犯罪者を指すのではないかという説もあります。

 ところで、このベルセルクが、先ほど述べたヴィンランドサガに出てくるように、ベニテングタケに酔って無敵の戦士となり、戦場で人々を剣や斧で切りまくったのが真実かどうかには、異論もたくさん存在するようです。

ベニテングタケ(Amanita muscaria)は毒きのこの象徴的な存在です。タマゴテングタケやドクツルタケといった他のテングタケ属の方がずっと毒性は強いのですが。このベルセルクのような面白い逸話や美しい見かけがベニテングタケを毒きのこの代表格に押し上げたのでしょう。 

ベニテングタケの毒はムスカリンですが、その容量は他の種類のテングタケに比べて低いそうです。オッレ・マットソンという化学者は 戦士達を幻覚へと駆り立てたのは、イボテン酸、ムッシモール、ムスカゾンというアルカロイドではないかと、述べています。中でもムッシモールは中枢神経に影響を及ぼし、脳の働きを不活発にするそうです。

古代のきのこ文化においては、きのこの毒を摂取した人や動物の尿を飲んで、同じようにトリップしたという話もあるといいます。

ベニテングタケの毒による症状は人によって異なるそうですが、典型的なものは、頭痛、気分の悪さ、吐き気。瞳孔が開き、汗や唾液が抑制されるそうです。感覚が麻痺することによる、不安症状も強くなるといいます。そして昏睡状態に陥って、夢や幻覚を見るそうです。時間や場所の感覚にも変化が起こるそうです。

小さな物事が、ものすごく大きなことに感じられるようになるともいいます。ただし、このきのこ毒で死にいたることは、あまりないとか。

 バイキングたちが、いわゆる幻覚剤としてベニテングタケを用いていたという説は、1700年代の自然科学者サミュエル・エードマンが強力に説いています。

エードマンの説は、北シベリアで現地調査をし、その原住民がベニテングタケでトリップをしていたのを見た、ドイツの学者、 G.W. ステラーの話を根拠にしています。

ただしこのベニテングタケの毒物の症状は、人々が幻覚に陥り、恐怖心を一切忘れて凶暴化するといった状態とは合わないという説も多く存在します。

画像4K.B. Simoglou/Wikimedia Commons

スロベニアの民族植物学者Karsten Fatur氏によれば、怒りや闘争心を生み、体の痛みを感じないようにするヒヨスのもたらす症状の方が、ベルセルクの状態に近いそうです。

 バイキングたちが、ベニテングタケや植物毒で酩酊状態になって、戦場にのぞんだかというと、それには疑いも残るそうです。

 歴史学者のヨルゲン・イルシャーエルによると、デンマークのイレルップ・オーダル(Illerup Ådal)という地域では西暦200年頃の、ローマ式の武器類に殺された人の骨が多く出土するそうです。北欧の武器製造は西暦160年から375年頃のローマ鉄器が標準となっていたそうです。さらに、ゲルマン人の豪族はローマ人の外人部隊として働いていたといいます。武器類の様式はその軍隊の戦術に大きく影響を受けていたはずであり、北欧の軍隊がローマ方式を取り入れていた場合、秩序と組織だった知的な戦術が重要視されていたはずです。マジックマッシュルームでトリップして戦場に向かうといったことがあったのかどうか。そして許されたのかどうか。

 ベニテングダケをはみ、何者をも恐れない怪物と化して戦うバイキング。想像するだけで恐ろしくもあり、映画のワンシーンのようで面白くもあり・・・。真実はどうであったのかは分かりませんが、皆様が、きのこのなぐさめ作者、ロン・リット・ウーンさんのように緑深いノルウェーの森を歩き、きのこ狩りをする機会があった時には彼の地の古代の人々にふと想いをはせていただければ、大変嬉しく思います。

画像4きのこのなぐさめ135ページ ジンガサドクフウセンタケ
ⒸLong Litt Woon

(文責:中村冬美)


  

 



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