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本屋さんが消えていく? フィンランド書店事情

上の写真はアカテミア書店の内部。天井からの採光と大理石の内装で冬の暗い時期も明るい。

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 (↑アカテミア書店、2020年1月のフィクション売上順)

 活字離れが叫ばれて久しい。
 ひと昔前はテレビやマンガもやり玉にあがってはいたけれど、この10年少々の間に老いも若きもスマートフォンやタブレットを手にすればワンクリックで無限の娯楽ワールドが広がる世の中となった。ただ気の向くままのネットサーフィンからSNSやゲームまで手のひらサイズの先に広がる選択肢には事欠かない。電車やバスに乗っても「紙の本」を読んでいる人がいると珍しいなと感じるほどだ。このコラムを書いている私自身、様々なエンタテイメントが人々の余暇を奪い合う現代、なかなか本までたどり着けないのは他人事ではない。

 本だけにとどまらないが、ものを売るには実店舗からどんどんイーコマース、つまりネットショップへ移行している。アマゾンなどがどんどん売り上げを伸ばす一方、人口の少ない地方では中心地の百貨店が閉鎖され駐車場付きのショッピングセンターで無いと難しいとスマホから「ネットニュース」で読んだばかりだ。

 私の住む北欧(フィンランド)でも新聞や本を読む人が減っていると言われて随分経つ。活字離れという事は本を読む人が減るという事で、書店だけでなく図書館も利用率が下がることになる。図書館でいうと、フィンランドとデンマークが毎年個人当たりの書籍貸し出し冊数が世界でもトップを争っている。なぜこれだけ図書館の利用率が高いかというと、秋冬が長くて暗い事や、人口が少ないと本の単価が上がるからだということがよく言われている。ただこれまでは、本が高くともプレゼントとして買われるのでハードカバーでそれなりの価格の本がちゃんと売れていた。国によって、売れるシーズンや方法は異なるが、例えばクリスマスは子ども向け絵本を含め一番の書き入れ時だし、フィンランドの父の日(北欧4か国では11月第二日曜が父の日)にもハードカバーのずっしり重たい歴史ものが捌けるシーズンでもある。しかし昔ながらの売り方に頼っていては生き残れない。毎年の紙の本の売り上げも約5%ずつ下がっており、母国語で発売される文学やノンフィクションも年間8万冊ぐらいずつ減少傾向が続いている。書店数はこの10年でフィンランド全国で約270軒から160軒程に減っている。オーディオブックは救世主なるかと思われたが、急激な伸びではないようだ。

 では次にフィンランドにはどんな書店があるのかをご紹介したい。
 一番有名な書店は国内最大のデパート、ストックマンの隣に立つアカテミア書店(Akateeminen kirjakauppa)である。建物自体が国民的な建築士アルヴァ・アールトの設計である事から、アールト・ファンや建築やデザイン関連の日本人観光客も必ず訪れると言っても過言ではない。昨年秋にこの建物の50周年記念イベントも開催されている。アカテミア書店の核となるのは、品揃えの広さと、イベントだろう。例えば2017年秋には、なんと本好きで知られるフィンランドの大統領がポール・オースターの新作「4321」フィンランド語訳の出版を記念してオースターと並んで英語で対談インタビューも行い、立ち見でごった返すほどだった。
https://areena.yle.fi/1-4219337 
(国営放送のアーカイブから、フィンランドのニーニスト大統領とポール・オースターの対談。英語ですのでご興味がおありの方はご覧ください!)
 また昨年秋のイベントでは「朝活」的に、インテリア関連の書籍の著者を呼びインタビューをし、参加者には朝食が出された。募集後すぐ満席になったようだ。

 2015年に経営上の理由からスウェーデンの大手Bonnier(ボンニエール)がアカテミア書店を買収し、スウェーデン側が好きなように口を出し、歴史と伝統が失われるのではという議論がなされた。実際雑誌コーナーを廃止したら批判が多く復活させた事もある。担当者の話によると、もう古き良き時代には戻れないが、書店の伝統であるスウェーデン語系フィンランド人顧客向け、大多数を占めるフィンランド語系フィンランド人顧客向け、そして増える英語需要にも力を入れ、3か国語で多様性ある品ぞろえを目指しているそうだ。首都にあり、最大規模のアカテミア書店を通じ、年間6万冊の書籍が売られていく。一階には純文学、ミステリといったフィクションがハードカバー、そしてペーパーバックのコーナーに分かれ、さらに外国文学、YA(ヤングアダルト)、スウェーデン語や英語書籍のコーナーなどが並ぶ。真ん中にはイベント用のステージもあり、話題作発売時には作家インタビューなども人気のイベントだ。試し読みできるソファコーナーも十分なスペースを確保してある。

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(↑アカテミア書店の中央ステージ付近。
2019年12月に日本でも邦訳がでている
大物作家ソフィ・オクサネンの対談があった)

 二階へ行くと奥のCafé Aalto(カフェ・アールト)の落ち着いた一角を取り巻くように美術、芸術関連の図版多めの大判書籍や自然科学、歴史、趣味の本、教科書、文房具などなどが並ぶ。地方に住むフィンランド人もヘルシンキに旅行や出張で出るとすきま時間にふらっと寄るのがこの書店だと言っていいだろう。

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(↑スオマライネン・キルヤカウッパ、
左側のPOPにはフィンランドの女流作家ミンナ・カントゥの短編から
「本を読みなさい、どれくらいの数があるのか私だって知らないのだから」という登場人物の台詞を引用)

 他にもう一つ大手の書店を挙げるなら、Suomalainen Kirjakauppa(スオマライネン・キルヤカウッパ、キルヤカウッパ=書店の意)だろう。9年前に4大出版社の一つであるOtava社がこの一大書店チェーンを買収したのは、書店を経営する事で自社の作品を前面に出しやすいという思惑もあっただろう。この旗艦店はずっとストックマンデパートの向かい、「3人の鍛冶屋像」がある広場の前だったのだが、このテナントを内部改装し複数の小さな店舗にする計画の為、同じ目抜き通りの少し奥へ移転し、「新たな試み、新世代の書店として」リニューアルオープンした。有名なインテリア設計事務所を使っているが、ミステリなど世界中で売れている作品を中心に入り口から並べられていて、あまり個性が感じられない。「書店員のおすすめ」も手書きで添えられているのはアカテミア書店と同様だが、インテリアなど雑貨の割合がかなり多い。そして古典どころか、二、三年前の本があまり店頭に置かれていないので取り寄せとなってしまう。ここに現在のフィンランドの書店の問題があらわれているように感じられる。フィンランドでは毎年4千点ほどのタイトルが出版(ちなみに日本では年間約7万5千点)される中、昔の良作を並べるスペースは書店になく、では版元はというと宣伝するチャネルも枝分かれし、リソースも足りない。作家自身へのSNSでの宣伝といった負担も増えている。大手であるスオマライネン書店の強みは全国の中都市に支店があるネットワークとカスタマーサービスだというが、移転後に関しては客足が遠のいているように見えるし、やり方を模索中なのだろう。同社はヘルシンキ市中心地のショッピングセンターにも支店があり、バスセンターやメトロと直結している事から客の出入りはこちらの方が断然多い。

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(↑9か月間だけ広いスペースで営業していたRosebudの平台、
今は多少手狭な古巣に本店は戻っている)

 さて、上のスオマライネン書店旗艦店が移転して空いたテナントに9か月の期間限定で入ったのが、Rosebud(ローズバッド)だ。会社を立ち上げたのはこの道三十年以上のハンヌ・パロヴィータ氏。以前LIKEという出版社(現在はOtava傘下)の立ち上げにも関わっている、骨の髄から本を愛する人物だ。店舗を数カ所展開しているローズバッドは業界人、本好きの間では必ず立ち寄る場所として話題に上る。ここの良さはなんといっても店内に本が所せましと並べられ、雑然としてはいるけれど膨大な品揃えだろう。ドストエフスキーからフィンランド古典のコッコ、ヴァイノ・リンナ、評伝や詩集コーナーも珍しいものが出ていたりして、スタッフも新作から旧作とそれぞれの分野に詳しい。またそれほど多く刷っていない作品でもしっかり見つけてくれる。店頭に出し切れいていない書籍も数多いが、今年初めからまたヘルシンキ中央駅近くのショッピングセンター地下のスペースに戻っている。ヘルシンキ大学やKaapelitehdas(ケーブルファクトリーの意、再開発地域)、Forumといった中心地のショッピングセンターにも店舗がある。パロヴィータ氏によると「本の価値は維持されるだろうし、“小さな文芸復興”も起こり得るだろうけれど、本の市場が狭まっていくのは仕方がない。インターネットの速さに書籍は付いていけないし、人々の関心はすぐ手に入るコンテンツに移ってしまう。書店が消えていく事で、フィンランド語の多様性が失われるかもしれない。スーパーマーケットでは少しは本を扱うけれど、ベストセラーは仕入れても新人作家の作品には見向きもしない。」

スーパー

 そう、スーパーでも本は買える。ただ確実に売れると分かっている文学賞を受賞したもの、ミステリやベストセラー作家のものなど品ぞろえは限られているが、夕飯の買い物のついでにぱっとカートに入れられて、買物ポイントもつくとなればお手軽なのは確かだ。しかし人が本を買う時、最終決定の50%はその場でなされるという。つまり、豊富な品揃えがなければ読者は「まだ知らない本」と出合えるはずがないのである。ある作家は書店での本との出会いをキノコ狩りみたいなものだといっている。ふと見ると足元の落ち葉の下に立派なポルチーニがあるようなものだと。

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(↑NideはヘルシンキのDesign Districtという
おしゃれなインテリアショップやカフェ等が集まるエリアにある)

 大手二社と中堅の書店、スーパーの書籍コーナーを紹介したので、次は小さく素敵な書店を紹介しよう。日本人向けの観光情報にもちらほら掲載されるようになってきたNIDE(ニデ、綴じ本という意味)である。経営者二人はもともとモダンアート美術館Kiasmaのミュージアムショップを経営していたが、国立美術館4つを抱える母体がショップの経営をすることになり、二人は四年前に書店経営へと乗り出したのだった。数年で既にこの小さな、狭いけれど雰囲気のいいNIDEは確固たる地位を築いていると言っていい。若手のデザインに興味のありそうなお客が多く出入りする。建築、アート、デザイン、ライフスタイル関連の海外の専門誌や書籍も幅広くそろえていてオリジナルのはがきや栞も人気である。力を入れているのは大手書店が取りこぼすけれど光る良書だという。若者に人気のKallio(カッリオ)地区にポップアップ店舗を開店、感触も上々のようだ。書籍の売り上げについては、Facebookが定着した頃から売り上げも落ちたように思うがそれ以前には戻れない、前進しなくては、とオーナー二人は言っている。

 フィンランドの作家協会の調査では、作家の平均年収は2000ユーロ。助成金がなければとてもやっていけない作家も多く兼業は普通だ。既存のモデルでは作家が書き、作品が出版社、卸売り業者、書店と通過していくが中間業者が多いほど当然利益は減るのはどこでも同じだ。一冊の本はかなりの時間をかけて完成するが(中には何年もかかる場合も)、新自由主義では本すら文房具や服と同じ、一点の商品に過ぎない。出版業界や書店が厳しいと言われて長いが、世界でインディー書店も頑張っている例をあちこちから聞く。上にあげたNIDEもそうした書店の一つだし、次が続いて欲しいと願っている人は多い。フィンランドの書籍の売り上げが毎年5%程落ちているという統計があるが、他の欧州の国ではそこまでの落ち込みではない。これはそれぞれの国でベストセラーがコンスタントに出ているか、なども大きく影響するし、ここ2年程フィンランドでそうした大ヒット作が生まれていないからという背景もあるだろう。またフィンランドの書店の売り上げは、無償である義務教育後の専門学校や高等学校の教科書販売(現在は生徒の自己負担)に依存している部分が大きいのは記しておく必要がある。現在フィンランドの内閣で高等学校、専門学校を義務化しようとする議論が進んでいるが、もし実現するとなれば教科書も無償で貸与等することになり、書店の売り上げは更に落ち込むであろうことが予想されている。
 
 前述の作家協会から出てきたアイディアとしては、560万人程度の市場規模しかないフィンランドで、母国語のみで書いていく事の限界が議論されており、最初から「翻訳する」チーム構成はどうか、というものがある。本が生まれてからではなく書いている段階から海外市場を意識している作家もいるが、これを仕組みとして作っていくという事だ。そうすれば最初から市場規模はぐっと広がる。

 本好きとしては、小規模なところや素敵な書店に少しでも貢献したい所ではある。しかし家のスペースも限られているので図書館も大切な利用先だ。ちなみに欧州各国では書籍が図書館で借りられると回数に応じロイヤルティが作家に支払われる仕組みがある。ただし一冊当たり25セントのため(最低額は10ユーロ、つまり40回分未満は支払われない)、100回貸し出されて25ユーロ程度のもので、更に作家が自分で申請しなくてはならない事から面倒で手続きをしない作家も多いと聞く。予算は文化教育省から出ている。ちなみに回転率がいいのは絵本である。

 規模も個性も様々な書店の形がある。その存続にはフィンランドでも一発逆転の解決法は見つからないようで、やはりもがいて、あがいてその時代に合った生き残り方法を模索していくしかないのだろう。
(文責:セルボ貴子


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