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本の世界のために、北の果てからできること


書店が閉まったり、国が支援すると言ったり

ここ最近、「書店が危ない」関連の本が話題になったり、経産省が書店経営への書店振興プロジェクトチームを設置したりというようなことが出版業界で話題としてあがっていた。とはいえ、三十年前から基本的な構造は変わっていないという話もある。SNS上で、出版業界のどこがボトルネックなのか、という投稿のまとめでは、仕組み全体が旧態依然としていて誰が特に悪いというわけではないという主旨だった。けれど、硬直した仕組みをそのままにしてきた責任の一端は広く言えば声を上げてこなかった自分にも少しはあるのではないかと思っている。

私たちの会が昨年提案したこと

出版業界に関わるとは言っても、翻訳書数冊程度の経験しかないので、私の見える景色は限られている。私たちの北欧語書籍翻訳者の会というくくりでは、昨年から始まった本のフェアトレードというムーブメントを進めておられる発起人の早川さんとも昨年ビデオ会議をして、都合がついた会員数名で意見交換をする機会があった。その後、時間はかかったが、年末に出版翻訳時の条件を提言し、サイトで公開するに至っている。少しでもフリーランスとして活動している翻訳者が印税の%はこれくらい提案してみていいんだ、と思ってもらえたらと思っている。「立場が弱いから、経験が少ないから」と委縮せずに言ってみたもの勝ちだとも思う。

出版不況、それってずっと言われているのでは?

さて、もっと大きな出版不況の話に戻る。
私自身はこれまでの訳書の中で二冊目の『世界からコーヒーがなくなるまえに』(青土社)を訳した頃から、しばしば本を取り巻く社会も似たものがあるなと感じていた。何の話かというと、書き手や書店を含め、色々な本のエコシステムの中の役割を担う人達やプレイヤーが、もうにっちもさっちもいかない所に来ているのでは?ということだ。

そして続く『寄生生物の果てしない進化』(草思社)でも自然界のエコシステム、その中でワンヘルスという考え方が登場していて、ウイルスやパラサイトや人間を含む動物、すべてが一つの大きな流れだということも、どこか一つでも滞るとうまくいかず、柔軟性や健やかな流れが必要だと本の世界にも通ずるものがあるなという思いをますます強くした。なにも右肩上がりの成長をする必要はない。皆が生きていける程度でいい、もう少しいうと、すべてを維持する必要はなくて、新陳代謝は必要だと思う。しかし組織でなくて例えば自分が退くべき当事者になったとき、性格的に悪あがきはしそうだ。今日はその話はひとまず置いておく。

やる人はとっくに動いている

本題に戻って、どうしたら本を書き、作り、売る人たち、何より本が好きな人たちがこれからも本を楽しむ社会を続けていけるのだろう。大きすぎてめまいがする問いではある。
 
ここで、6月初めにお会いしたブックコーディネータであり、20年もの間本の世界に尽くしてきた内沼晋太郎さんのことを綴ってみる。

サインを頂いた『本屋読本』、大切にする所存!(ご本人の許可を頂いて掲載)

内沼さんは2018年に出された『これからの本屋読本』(これは装丁も素敵でページ数も書店の皆さんの手書きフォントを使うなどのこだわりもすごいのだが、なんとnoteで全文公開なさっている!)だけでなく、幾つもの著作、メディアへの寄稿や登壇をこなし、長野県に本社を置くバリューブックスを経営され、東京は下北沢に本屋B&Bを立ち上げてビールが飲めて毎晩イベントが開催されるという「ちょっと違う書店」をやっておられるし、他にもスモールビジネスのfreeが手掛ける「透明書店」(経営状態もすべて透明に、公開!)のアドバイザーをされたり、コロナ禍直前にこれも下北沢に日記の専門店「月日(つきひ)」というなんとも素敵な名前のお店も始められていた。(次、一人で東京に行ったらB&Bも、月日も、透明書店も全部制覇するぞ!そして神保町めぐり…)

上記に加え、今年初めからYoutubeで「本チャンネル」という発信の場を設けられ、ほぼ毎日、気になる新刊から書店に関するアドバイスなど色々更新をされている。本屋さんがなくなっていく現状をただ嘆くだけでなく、常に新しいことに取り組んでおられるので、何年も見上げていた存在だ。2020年2月に札幌の紀伊國屋書店からフィンランドに持ち帰った『これからの本屋読本』は当時とても感じ入った本だった。まさかご本人とお会いすることができるとは!

内沼さんはフィンランド等でワ―ケーションされる計画で、せっかくだからとフィンランドの出版事情を取材され、私はアポ取りや通訳などでお手伝いした。これらは前述の「本チャンネル」で今後公開されることになるのでお楽しみに。(私もとても楽しかったし、お仕事のおかげで新たな本関係の知人が何人も増えた。まだ完了していないので引き続き楽しみながらお手伝いする予定)

直取引で売る吉本ばななさんの新作

箱入り、本体のカバーは日記風にビニールカバーでタイトルは銀の箔押し。
凝った装丁をぜひ書店で手に取ってご覧になって頂きたい。

おりしも、内沼さんのバリューブックスから吉本ばななさんの日記『724の世界 2023』が出て、これは書店との直取引(取次ぎを介さない)という点がすごい。(詳しくは流通の仕組み、なぜISBNを付けたか、書店への利益還元、古本でも出版社に利益を還元するバリューブックスという存在等が記された内沼さん渾身のnoteがあるのでぜひ!)

通常、商業出版での本の流通には「取次」の存在が欠かせない。取次とは、出版社と書店の間を取り次ぐ(お金も回収する)流通業者だが、他の業界と違い、信用保証の役割を担っていて書店は売れないものを返本できるので在庫を考えなくていい利点がある。しかし読者が読みたい本を書店に注文しても、小さい本屋さんだと欲しい本を注文しようとしても「うちには取次から本を入れてもらえない」「大型書店には数十冊も並ぶのに、近所の本屋には発売日以降も入って来ない」といった読者には理解できない事態があちこちで生じる。

バリューブックスは、出版社&書店(販売元)という組織を生かし、出版社としての利益2割を初版分は捨ててまで、凝った装丁で内容も価格も魅力的な吉本ばななさんの本を5冊単位で買い切りという方法で確実に書店の注文を受ける直接取引とし(Amazonでは電子のみ販売)、これなら売れる!と書店が信じ、仕入れたいものになるようにしたのである。さすが!複合的な機能を持った組織でないとここまで思い切ったことはなかなかできないだろうけど、北の果てで細々とやっている私はまたしても大いに感じ入った。

最近、集英社初の音声専門レーベル流通空論に内沼さんがゲストで登場されてこの辺りの話を#11、#12回の二回にわたり、ナビゲータ―(ラッパーのTaiTanさんという方)をお相手に語っておいでだ。
各回は30分前後なのでご興味がおありの向きは是非。色々な業界の方の参考になること請け合い。TaiTanさんも実は以前、内沼さんが10年前の本で語られた、本とは何か、というところで音声でもいいのかもしれない、という定義の投げかけを、目から鱗が落ちたように受けとめ、発信を続けてそれが書籍化されたという経緯もお持ちだそうだ。熱い、なんて素敵なんだろう!
 

またもやどっぷり浸かっていたかもしれない

私たちはやはり思い込みとか、どうせこうなんだから仕方ない、とか、あちこちの業界慣習というものに文字通り慣らされ、諦めていないだろうか。先細りとか少子化とか本を読まないとか、言い訳を言うのは簡単だ。

それなら現状維持のまま、いずれ干乾びて滅びるだけだもの。飲み会で愚痴を言い合って憂さ晴らしをしてまた同じ生活を続けるのも簡単だ。(いや、それもやるけど!)変化を起こすのはとってもエネルギーが要るし、疲れるし、反発もあるし、あの人うるさいよね、って言われるのもうれしくないし、誰だって日々に追われている。

自分の場合ならば、翻訳者の報酬が下がるのが商業出版の仕組みでどうしようもないなら、商業出版じゃなくてZineやリトルプレスといった同人誌で執筆したり翻訳するという方法があるし、文学フリマと言われるイベントも人気が高まって十年以上、これらの手段を使っている人たちは既に数多い。ただ、私は日本のイベントに行けるとは限らないのでこれをやろうとすると人に面倒をかけてしまうため、電子版だけでフォーマットを整えてダウンロードできるもので出すならば、海外にいても可能だと思うし、作品についていえば、著作権が切れた古典なら誰が翻訳しようが既に他の出版社から出ていようが、何の問題もない。(しかし品質の維持・向上のために編集&校正をお願いするのは必須)

中には、版権交渉をして有志でZineの形で商業に乗せない翻訳作品を出している方々もおられたように思う。この方達もすごい。

フィンランドの本のあれこれ、発信始めるってよ。

というわけで、これまで日々のあれこれにどっぷり浸かってきた自分だけれども、やはりもう少し勇気を出してみよう。私がやっているのは今回の話に関わるところでは、本の翻訳や時に執筆だ。

以前、私を知る方から「貴子さんは、本当に”伝える”人なんだねぇ」と言われたことがある。数名ではあるが、お喋りが上手、と言われたこともある。(※準備をちゃんとしたとき。n=4人程、すくな!)好きなことや、これはすごいなと思ったフィンランドのこと(本も含めて)日本の人たちに知って欲しいという情熱に時々どうしようもなく駆られることがある。それなら、需要があるかとか、フォロワーが少ないからとか気にせずに、やりたいんだからやっちゃえばいいのでは?そもそも失敗したからって困ったり、つぶれるほどの面子はない。「大したことないくせに」という人はいつの世にもいるけれど、そこはあえて気にしない。そう言う人にはもっと素敵な発信をして貰って、そうしたら私も感心しながら読んだり聞いたりしたいと思う。
 
夏の間に見切り発車でフィンランドの本を取り巻くあれこれに関する発信を始めたい(はい、有言実行ね)。幅広く、不定期ながらお伝えするという体で。性格がおおざっぱなのでスタートは不格好だろうけど、少しずつやっていけたらなと。

ご意見お待ちします。

フォーマットは音声だけのPodcast的なものか、動画にするか、録画も残すか、ゲストもたまに呼んだりするか、固まっていないが、とりあえずここで表明した。夏が終わりそうになっても何もやってなかったら、「あれどうなったんや?」とつついて下さい。ちょっと夏は忙しくはあるのですが、やっぱり伝えたいから!
 
それが、フィンランド語というごく限られた地域でしか使われない言語に関わり、日本でも狭い翻訳書という分野の一端に連なる私に、ある意味課された義務でもあるのではないかと感じているので。

というわけで、こんなこと知りたいとか、他にもご意見お待ちしています。(こちらにコメントでも、SNS経由でも。セルボ貴子の実名でやっているTwitter(X)だとほぼ確実に見ます)
 


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