ヘルシンキ・ブックフェア2022のことなど
2020年は完全オンライン、2021年は、会場で開催、一部オンラインでトークなどを配信、昨年2022年は、完全平常通り開催だったヘルシンキ・ブックフェア2022のことをお届けします。2022年10月末の開催からほぼ3か月、瞬発力的レポートではなく、会場の熱量と、私が会場で感じたほぉ!へぇ!をお届けするじっくり発酵型レポートです。
現地でブックフェアを堪能してまいりました、うえやまみほこ(フィンランド語翻訳)がお届けします。
フィンランドの出版業界の変化を実感できるがブックフェア。かつては、大型書店、大手出版社は常に個別にブースを構えていましたが、出版社と書店の経営提携で、全国規模の書店と出版社が共同のブースを構えるようになって数年が経っています。出版社も各社の名前を残しつつ、グループ会社化していることに気づかされるのもブックフェア。一方、気を吐いているのは、比較的新しい出版社。特定の分野に特化した出版社(科学系の本に特化するなど)も現れて、街中の書店探検では目につきずらい書籍も出版社ブースで出会うことができ、常時新刊を追うことができない遠隔地にいるものとしてはありがたいイベントでもあり、フィンランド全国から古書店も参加してブースを構えるので、本の世界の楽しさを満喫できる本のレジャーランドです。
今回も新刊書を出した作家、イラストレーターを始め、執筆者のトークショーがめじろ押し。情報通からの話しでは、トークショーのスロットを取るのもなかなか至難の業だったとか。トークショー後、著者にサインをもらうために並ぶ時間もまた楽しいひと時でした。
目を引いたブースや作品
書店の店頭でも目を引いていましたが、会場でも特に目立っていたのは、編み物関係の本でした。テレワークの増加、移動制限でお家時間が増えたので編み物を楽しむ人が増加したフィンランド。みな、WEBサイトやSNSの検索で入手できるデザインを利用して編み物を楽しんでいるものの、図案など書籍になっているものが欲しいという要望も多いのだそう。ほかにもハイキングや野外活動に関する書籍の出版も増えたそうで、実際に歩きに行くかは別として、読むだけでも楽しいから購入するという方も多いのだとか。
そして、当然と言ってもよいテーマがウクライナ、そしてロシア関連の本。フィンランドの人たちは、ロシアのウクライナ侵攻が始まったときに自分ごとに感じた人が多いと聞き及んでいますが、それは、先の大戦(フィンランドでは冬戦争と継承戦争と言われることの方が一般的)のときの経験が蘇ったからだ、とも。昨年も、冬戦争絡みの小説で注目された作品が出版されていました。その作品とはMerja Mäki(メルヤ・マキ)著 Ennen lintuja (仮邦題『鳥よりも先に』)Gummerus出版。この作品、従来の「冬戦争テーマ」の小説と違う避難民視点の小説。冬戦争勃発後、ラドガ湖を越えてポホヤンマーまで避難する女性が主人公の物語。著者のトークを聞きましたが、執筆中は、まだ戦争が起こるなど想像もしておらず、出版から一か月ほど経った頃に始まってしまった戦争に、どうしようと思ったそうです。また、ブックフェアが始まる前にウクライナにこの作品が売れたことでも話題になっていました。また、例年12月初めに発表されるフィンランドの文学賞の一つ、Tulenkantaja賞*を受賞しています。
もう一つ、目を見張ったのが哲学者Esa Saarinen(エサ・サーリネン)にサインをもらおうとする人たちの列。「フィンランドで世界で最も有名なフィンランドの哲学者」と称されるエサ・サーリネンは、E. Saarisen ajatuksia elämästä, rakkaudesta ja ajattelun ajattelusta(仮邦題『E.サーリネン 人生、愛、考え方についての思い』)WSOY社)を上梓。大学の授業や講演会でテーマにしたキーワードをまとめた作品です。この本を手に持った人たちは、まるでアイドルにサインをもらうようなそわそわした様子でした。ちなみに、エサ・サーリネンの教え子には『世界一しあわせなフィンランド人は、幸福を追い求めない』(訳書は、ハーパーコリンズ・ジャパン発行)の著者である哲学者フランク・マルテラがいます。
次は私がかなり楽しんだ場所(ブース)です。絵本専門の出版社etana社(エタナ(意味は、かたつむり))のブースでした。自社発行の絵本だけでなく、絵・イラストに焦点を当て、出版社を横断する原画展を開催。絵、イラスト担当のアーティストのトークショーのプログラムが組まれており大人の絵本好きには嬉しい企画でした。
推理小説はあいかわらずの人気ですが、この辺りはまた別の機会に。
最後に少し訳書のことを
2019年のヘルシンキ・ブックフェアで出会ったノンフィクション”Metsä meidän jälkeemme” LIKE出版を翻訳し、「フィンランド 虚像の森」(神泉社)というタイトルで昨年8月に出版されました。本書のテーマは、森・林業・環境、そして、次世代です。森も林業も専門家ではない私が思った本書のテーマは、人と自然環境との関係(人間も自然の一部だよ)、生き様(十人十色な生き方がある)、そして、次世代―未来への思い、になりました。著者4名は全員ジャーナリスト(内1名はカメラマン)。文献、論文、過去の報道記事等を資料と約20名の人たちにインタビューを元に作り上げられた四部構成の書籍。日本の森と林業に、フィンランドが抱える問題と同じようなものがあるとは知らなかった…というメッセージを著者の一人は寄せてくれました。また、著者の内2名は、昨年、初の小説作品を送り出しています。Jenni Räinä(イェンニ・ライナ)は、自然、風景、人の記憶の喪失がテーマの小説Suo muistaa(仮邦題 沼は覚えている)を、湿地帯の変化を背景に描き出しました。Pekka Juntti(ペッカ・ユンッティ)は、ラップランド地方を舞台に実在した人物とハスキー犬を主人公にラップランドの自然が失われていく様子を描くVillikoira(仮邦題 野生の犬)を発表。二人とも、フィンランドの森で起こっていることをもっと大勢の人に伝える方法はないかと考え小説という方法を取ったとのことでした。
*Tulenkantaja賞とは 直訳すると「トーチを運ぶランナー」賞。ムーミン谷博物館があることで知られているタンペレという町の書店Tulenkantajien kirjakauppa(既に廃業…)とタンペレ地方の新聞Aamulehti(アームレヘティ)が、ヨーロッパで翻訳作品として成功すると推す作品を選ぶ文学賞。2013年開設。
【過去のヘルシンキ・ブックフェアの記事はこちら】
ハイブリッド開催だった2021年のこと
完全オンライン開催だった2020年のこと
(文責 上山 美保子)
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