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「リアルタイム名作」という初体験|『君たちはどう生きるか』を観た

『君たちはどう生きるか』を観た。

面白そうだと思っていたわけではきっとなくて、ただ、「この時代に生きている以上、映画館で観るべきではなかろうか」という何とも言えない惰性で向かった渋谷。
仕事柄、流行りものを食わず嫌いするのは歓迎されないし。

観終わって端的な感想は、「普通に面白かったな」だった。
私の周りでは、わけわかんなかった・変な気持ちになる・つまらない、みたいな前評判が多かったけど、別に話としても面白かったと思っている。

眞人が自分の悪意の存在を受け入れたこと、その上で寂しさを含む現実に戻ったこと。なにより既にタイトルで「君たちはどう生きるか」と問いかけている。

確かに回収され切ってない伏線(私が読み取れてないだけかも)、何を指示しているか分からない暗喩たち(これまた私が読み取れてないだけ)はたくさんあった。それでも、実はハンセン病の患者さんたちを描いていましたなんていう千と千尋の神隠しよりよっぽど分かりやすくないか?

考えてみたいことはたくさんある。

――「君たち」って誰だ?
――水に溶けたのは本当にお母さんだったのか?ナツコさんが連れていかれたのは、そっくりだったというお母さんをつくるためだったのでは?
――キリコさんって気づいた理由はなんだ?どうしてキリコさんは「今の」婆や質の姿を知っている?
――あそこは本当に生まれる前の世界か?
――どうして石は眞人やヒミも歓迎しないのか?

塔の扉はあの世界の違う時間軸につながっているのか?場所も違うんだろうか。MARVEL的なマルチバースとは異なる概念なのか。

眞人は塞がれた塔の入り口の隙間を通れなかった。
ジブリの世界では子どもしか行けない場所がある、見えないものがある、という論調をいつかどこかで見かけたことがある。彼らは子どもゆえに異世界へ行き、成長したために行けなくなる。

であれば、あの隙間を頑張っても通れなかった眞人は、すでに無垢な子どもではなかったということか。

あの時代に軍需で儲けてるブルジョワジーの子供、とか、そもそも生きるだけで精一杯なあの時代に「どう生きるか」考えられるだけの余裕がある存在とは、とか、そういう話をTwitterで見かけて、確かにそれも興味深い。


ただ、私がこの作品で一番面白かったのは内容ではない。
全く情報公開をしないという、「ジブリ」×「宮崎駿」のブランド力と歴史だけで勝負してきた、一発限り禁じ手のプロモーションでもない。(主人公ではなく青鷺をキービジュアルに持ってきたクリエイティブも一役買っているのは確かだけど)


この作品の面白いところは、リアルタイムで「名作」として扱われていることだ、と思う。


中学受験をしていた頃、現代文は大の得意だった。

適当に引かれた棒線に含まれる示唆を、それより前から引っ張り出して、後ろの言葉でまとめ直す。

絶対作者こんなことまで考えてないよ、なんて言いながら。でも教科書に載るくらい、問題になるくらいだから、いい作品なんだろう、それくらいの意味は持たされているんだろう、なんて。

でもそれは、出版から何年も、多くは何十年も経って、なお生き残った、価値が確定したものなのだ。一過性のベストセラーが教科書に載ることはない。
数年分のベストセラーから一作、ベストセラーが続いた伝説のような作品、作者が死んだ後に歴史的な要素も含めて再評価される作品。
「名作」と呼ばれるまで価値が昇華されたものだから、こっちだって必死こいて意味を見出そうとするんじゃなかろうか。

だから、この『君たちはどう生きるか』は面白い。

だって、誰もが「名作」を確信している。


観に行って、感想を言う、考察をする。
価値を感じ取った人はそれを大げさに誇り、分からなかった人は作品性ごと拒絶する。「合わなかった」と言う。

レビューが星3つに落ち着いているのは、1と5で大きく分かれているかららしい。
「この作品を理解できるかできないか」は自尊心に影響するんだろうか。

「良いと思うべきもの」として扱われている。それもリアルタイムに。
それが結構面白いなあと思った次第です。

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