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映画 TILL 背景を調べてみた

パンフレットに掲載されている日本女子大学の藤永康政教授の解説がすばらしくて、めちゃめちゃ勉強になったのだが、さらに気になった背景を自分なりに調べてみた。
以下、ネット記事や動画を見て、わたしが理解したこと。

この記事はあまりストーリーの本筋ではないところだが、たくさんのネタバレを含んでいる。一定のネタバレは構わないという方は映画を見る前に読んで映画を楽しめるかもしれないが、基本的には鑑賞後に読んでいただくのがいいと思う。

メイミーは確かに前半にジョージ・リーとラマー・スミスの暗殺と裁判結果には関心は薄そうだった。

(1)ジョージ・リーとラマー・スミスの二人はどういう人だったのか?


ジョージ・リー George Wesley Lee/1955年5月7日没
ラマー・スミス Lamar Smith/1955年8月13日没
お二人とも男性の公民権運動の活動家で、黒人の選挙人登録を推進していた。エメットが殺された1955年と同じ年に暗殺されている。

(アメリカでは各人が自分が住む州政府に主体的に選挙人登録申請をしないと投票できない。住民票を移せば3ヶ月で自動的に住んでいる地域で選挙人登録されて、自宅に「投票のご案内」も送られてくる日本とは大違い)

南部では黒人の方が、白人の人口より多かったので、黒人が政治に参加しだしたら白人はこれまでの優位性(好き勝手にできてたこと)を失う。
たとえば、犯罪をでっちあげて、或いはレイプの罪をなすりつけて、黒人をいじめて、拷問して、殺しても、無罪になる特権を失うのだ。だから抵抗していたのだと理解した。

(2)なぜ白人が黒人をリンチしていたのか?時代背景。


1865年に奴隷制が廃止されて以降もアメリカ南部では黒人と白人が同列で扱われるなんて許せないと思う白人たちの強い抵抗があり、白人(男性)至上主義を広く浸透させるためにリンチをしていた。言い方を変えると私刑である。法律で黒人を支配できないなら、恐怖で支配するということ。もはやテロ行為と言えると思う。

ちなみにテロ行為とは特定の主義主張を通す目的、或いは社会に恐怖を与える目的で殺傷・破壊行為をすることだ。

そしてこの恐怖支配は効果的だったようだ。黒人の選挙人登録を阻んでいたらしい。

当時、白人と黒人はなにもかも別々にする隔離政策が南部では行われていた。そして隔離するという建前が、実質的に黒人には同じものを与えない口実になっていた。白人用にだけ用意して、黒人用には用意されてなかったのだ。

だから、映画のなかでもシカゴからミシシッピへの鉄道の中でトンネルを抜ける前に、従兄弟に促されてエメットは席を移動していたのだ。南部では黒人は白人と同じ車両の席に座ってはいけなかったのだ。

しかし、1954年に最高裁が白人と黒人の人種隔離教育を違憲とする画期的な判決を出した。エメット・ティル事件のおよそ1年前だ。
それ以降、南部の白人が猛烈な抵抗運動(バックラッシュ)を展開していたという。これは藤永康政教授のパンフレットの解説で知った。

(3)当時どれだけ白人による黒人のリンチが横行していたのか?その程度。


Equal Justice Initiativeの調査では、1877年から1950年までにリンチが多発した南部12州で4075件のリンチがあったと報告している。およそ週に1回、12州のどこかでリンチ殺人があった計算だ。
なお、アメリカのいくつかのTVニュース番組は1865-1950年の間に6500人以上の黒人がリンチで殺害されたという数字を採用しているようだ。
対象の年と対象の州が違うことに注意だが、頻繁に発生していたことはよくわかる。
南部12州とは、Alabama, Arkansas, Florida, Georgia, Kentucky, Louisiana, Mississippi, North Carolina, South Carolina, Tennessee, Texas, and Virginiaだ。

そして恐ろしいことに20%は公開で行われ、郡の保安官や地元選出の議員は止めないどころか黙認し、凄惨な拷問殺人が何千人、何万人の前でエンタメ化されていたという。

どうりで映画のなかでもテレビや新聞報道が背景で流れるが、
メイミーがメディアやお葬式の参列者に判別がつかないほど損傷した息子の遺体を公開したことについて、
「息子の死を見世物にしている(ひどい母親だ)」と批判コメントがあったり、(←どのクチが言ってる?案件よね)

「南部では黒人のリンチ殺人なんて日常的なことなのにメイミーは大事(おおごと)にしようと騒ぎすぎている」というコメントが流れたりするのね。

当時の黒人の命も黒人の公民権も大切じゃないって空気感が伝わってくる。白人による黒人のリンチは全然珍しいことじゃなかったのだ。

(4)口笛を吹いたくらいの些細なことで本当に黒人をリンチしていたのか?


信じがたいけど、どうやらそうらしい。なんせ白人(男性)至上主義を強化するためのリンチなので、「社会的な罪(social transgressions)」を犯したらリンチという罰をくわえていたということのようだ。
「社会的な罪」ってぼんやりしてるけど、別に法律や条例で定められたものではなくて、白人がその場で勝手に決めてたらしい。
たとえば「ミスター」という敬称をつけずに呼んだとか、歩道を譲らなかったとか、白人女性に(わざとじゃくても)ぶつかったとか。そんな些細なことでもリンチで殺された例がゴロゴロでてくる。
黒人男性が白人女性に口笛を吹いてキャットコール(ひやか)したら当時はリンチで殺されてもおかしくなかった。怖ぇえ。

(5)映画で登場したリンチの被害者は男性ばかりだけど、女性はリンチされなかったのか?

これ、わたしはすごく気になったわけ。男性の体って(現代でも女性と比較して)粗末に扱われがちだから黒人男性には残忍なことをしても平気だったのか?だから男性ばかりがリンチされたのか?リンチ殺人の男女比率は?
(男も女もどんなジェンダーも体を粗末に扱うのは本来ダメだけどね)

でも、わたしの仮説は大ハズレだった。
女もリンチされてたらしい。強姦もされた上で(涙)
ときには本人に一切非がなくても、家族の罪を被せられて(嗚咽)

でも、黒人女性へのリンチの記録があまりないんだって。
理由は大きく二つ。
黒人女性へのリンチには研究者があまり関心を寄せず、調査がなされなかった。
黒人女性のリンチ事件では名前が記録されず、○○の妻、○✕の娘、✕✕の姉みたいな表記で特定ができない、らしい。

ここにもジェンダー問題が。
(黒人女性たちの境遇が予想の斜め上のひどさで、クリティカルダメージを受けた)

(6)エメット・ティル事件には黒人も関与していたのか?なぜ同胞たちにそんなことができたのか?


5の調査結果がつらすぎて、調査の手が止まる・・・時間を空けないと続けるのがどうにも無理(一旦離脱してから戻る)

いくつか記事を読んだものの、結局何人の人がエメットの拉致、暴行、殺害に関与したのかはわかっていないようだ。

なお、裁判にかけられたのは映画にも登場した二人だけだ。
ロイ・ブライアントとその異母兄のJ.W.マイラムで、ロイ・ブライアントは例の食料品店でエメットが口笛を吹いた女性キャロリンの夫だ。

でも、誘拐場面では少なくとももう一人、声の調子が高めで柔らかい感じの人がいたという情報も残されている。
通説では6-14人くらいの人が関与していたとされ、その中には黒人男性2人がいたということだ。この黒人男性たちは脅迫されていただろう、とも書かれていた。

(7) 映画の最後に、メイミーとアメリカはその後どうなったのかテロップで説明がある。そこで、2022年にエメット・ティル・反リンチ法が成立したとあったが、事件から67年経過している。なぜそんなに長くかかったのか?

反リンチ法の歴史はおおむねこんな感じだったらしい。

1900年にはじめての反リンチ法案がアメリカ議会に提出された。
1900-1947年までの間に200回以上改編を繰り返しながら、反リンチ法は議会に提出されたが、委員会で議論されても、採決されず、本会議に付されない時期が長かった。ずっと廃案にされてきたということだ。
この時期は(2)の時期と重なるので、廃案になっている期間に何千人という黒人がリンチにかけられて殺された。

もう少し詳しく見てみると、何度か下院を通過したようだが、議会の進行を妨げるような妨害行為によって上院で廃案にされた。
また、1930年代半ばにも議会で議論されたが、当時のフランクリン・ルーズベルト大統領は南部の白人の支持を失いたくなくて法案をつぶした。フランクリン・ルーズベルトってニューディール政策で評価されてたけど、こういう一面もあったのね。ニューヨークの選出で、別に南部の出身でもなさそうなのに。

1965-2018年の間は、リンチを防止するための法案はひとつも提出されなかった。

1968年にヘイトクライムが違法になる。人種、肌の色、宗教などを理由にした犯罪行為が裁かれるようになる。(ちなみに、日本には同じような法律はまだないよ!)

2018年にようやく上院で反リンチ法が採決され、ヘイトクライムとして連邦法に定めることが満場一致で可決した。でも、下院は裁決しなかった。
2020年に改めて手続きを取り直し、下院は通過したが、今度は上院で否決された。(この迷走具合を見ると、いったい何がしたいのかわたしにはわからない)
2022年にようやくバイデン大統領が法案に署名して成立した。この署名式には、エメットの従兄弟で現場にいたレベナンド・ウィーラー・パーカー氏が出席している。
彼はエメットの従兄弟で唯一今も生きている人だ。署名式の後のメディアインタビューで、ウィーラーが言ったことで響いた言葉たちを訳す。(全訳ではなくて、エッセンスだけ)

「なぜこんなに時間がかかったのかとネガティブに見る向きもあるが、時間がかかるんだ。でもホイッスルを吹くんだ。その音はちゃんと聞こえている。これまでの長い道のりを思い、成し遂げたことを神に感謝するが、同時にそれだけ努力を要したことの現れでもある。今踏ん張っている人に伝えたい。やり続けなければならない。家族と衝突する場面もある。多くの人はあきらめるのが早すぎる」

元気が出る。
だから過去の市民運動の歴史は勉強する甲斐があるのだ。

以下、記事に出てきた英単語
perjury 偽証罪、偽誓、偽り、うそ
accost 近寄って話しかける、言葉をかける
galvanize 電気をかけて刺激する、急に元気づけて~をさせる、亜鉛メッキする
civil rights movement 公民権運動
acquit 無罪にする、放免する (be acquittedと受け身で使われる)
social transgressions 社会的な罪
gruesome 陰惨な
weighted down 重みで押し下げる
under duress 脅迫されて
mutilated 損傷により損なう、(手足を)切断する、不具にする、骨抜きにする
filibuster 議会の少数派が,合法的手段を利用または乱用することで,議事の進行を計画的に妨害すること
rinse and repeat 同じことを繰り返す(口語表現)
sharecropper 小作人


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