インフレを必要以上に煽る理由は?:❷統計数字に対する適切だとは思えないコメント
ヒューストンがインフレ率トップの謎
都市別インフレ率のニュース
昨年11月、物価の高いハワイ州から戻ってきて、テキサン価格で買い物をしながら「あー、テキサスで良かった」と思っていたところ、ヒューストンが最もインフレ高というニュースを発見しました。
州・都市別インフレ率内訳 南部と中西部では、10月に6.6%もの価格上昇が見られた 11月12日FOXニュース
私が衝撃だったのが、記事に掲載された下記の画像です。
まず、インフレ率で見ると、テキサスは6.5〜6.9%と、かなり上がっています。その中でも、燃料価格ではヒューストンがトップで59.7%。
このニュースに驚いたのは、こんなに上がっているにもかかわらず、なぜヒューストン界隈の友人間で、ガソリン価格がそこまで悲壮感を持った話題として会話に上がることがなかったからです。
「え?私を含め、テキサン(テキサス州民)って、ものすごい鈍感力があるの?」
というわけで、調べてみました。
ガソリン高騰化の数字マジック
Gasbuddy社が出している過去18ヶ月のガソリン価格のチャートです。
青:アメリカ平均
緑:カリフォルニア平均
青:テキサス平均
3つのグラフで、共通して言えるのが、3月初めに一度、ピークアウトしていたのですが、4月半ばから再びピーク時価格まで上がっているようです。ガソリン価格の高騰、これは疑いのない事実です。にもかかわらず、そこまでの悲壮感(大型車を諦め、燃費の良い車に買い換えよう等々の話)がないのは、テキサスの現在の価格は、おそらく「カリフォルニア価格に比べたら・・・」という気持ちがどこかにあるのだと思います。
ガソリン価格の高騰、これは事実ですが、グラフを見ると、カリフォルニア(緑)と、テキサス(赤)のガソリン価格の違いの方にむしろ驚きませんんか。
小さい数字の方が上昇率が大きくなる!?
さて、記事の検証です。記事は昨年11月時点のもの、さらにヒューストン(テキサス)、サンフランシスコ(カリフォルニア)と都市名が出ていますからまずは2021年11月時点の両都市の価格について見てみます。
先ほどの報道の数字は、オリコンデータを使用しているようでしたので、おそらく元の数字の違いから上昇率が異なっていますが、ヒューストンがサンフランシスコよりも異常な上昇率であることには変わりありません。私が使ったGasbuddyのデータの方がもっと強烈な上昇率です。
では、この価格上昇を別の視点から見てみますと・・・。
「昨年よりも何ドル高くなったか?」という比較では、サンフランシスコもヒューストンもほぼ変わりません(サンフランシスコの方が0.02ドル高くなっています)。
さらに、この数字を別の角度から見てみると、カリフォルニアの2020年11月の価格(3.42ドル)が1年後にヒューストンと同じ76.2%上がるためには、2020年11月の価格から2.61ドルアップした6.03ドルになる必要があります。
何が言いたいのかといえば・・・・。
超文系の私ですので、間違った発想かもしれませんが、この上昇率の計算は、基準(分母)となる2020年11月の数字が小さい方が上昇率が大きくなりやすいものではないでしょうか。
この傾向は、”サンフランシスコのガソリン価格は、ヒューストンの○倍”という言い方をする際にも見られます。基準値が小さい2020年11月では2倍、基準値が大きくなった2021年11月では1.59倍となります。しかし、”サンフランシスコのガソリン価格は、ヒューストンよりも○ドル高い”という言い方では、2020年が1.74ドル、2021年が1.76ドルとほぼ変わりません。緑(サンフランシスコ)と赤(ヒューストン)のグラフが大方同じ幅で推移しているのですから、グラフからもわかることですが。
そして、”インフレで価格爆上げでヤバイ!”と言われたヒューストンのガソリン価格(2021年11月)は、2020年11月時点のサンフランシスコのガソリン価格よりも安く、また、2021年と2020年の価格差(1.28ドル)は、ヒューストンとサンフランシスコの価格差(約1.7ドル)よりも小さいわけです。
”上昇率”という視点で見れば、報道は事実を伝えています。しかし、そもそもカリフォルニア州とテキサス州のガソリン価格差が異常なものがありますから、それに触れることなく、上昇率だけで、テキサスのガソリン価格がやばい!と煽るのは、本当に事実を伝えていると言えるのか疑問です。
去年の数字を基準値に使うのは適切か?
もう1つ、報道が適切に伝えていないなと感じたのには、比較対象として、2020年の数字を使っていたことです。1年前の数字を使うというのは、ごく普通のことです。しかし、2020年がどんな年だったか?と言えば、パンデミックで世界的に異常事態が起こっていた年。2020年との比較だけで、現在のインフレを語るのは果たして適切な分析と言えるでしょうか?
3年分のチャートが下記になります。パンデミックがアメリカで深刻視され、自宅勤務が開始されはじめたのが202年3月下旬でした。この当時、ヒューストンではエッセンシャルワーカーと呼ばれる限られた業種の限られた職種の人しか基本的に通勤は行っていませんでしたし、学校はオンライン授業になったところが大部分でした。2020年3月から5月にかけて、ガソリン価格は急落しています。2020年11月はパンデミック開始直後よりもガソリン価格が回復しているとはいえ、2019年の数字までは戻っていません。
2021年11月時点のガソリン価格を、パンデミック前の、2019年同月と比較すると、上昇率はサンフランシスコが12.1% 、ヒューストンが34.5%です。価格上昇は1ドル以下という言い方もできます。
昨年末に「インフレだ!」と大騒ぎするメディア報道に対し、冷ややかな視線を向けてしまったのは、当たり前のように2020年の数値と比較していたためです。
繰り返しになりますが、インフレであるということ自体は事実です。しかし、現状を正しく理解するためには、適切なデータを使って検討する必要があるかと思います。2020年度の数値と比べるなとは言いませんが、比較対象とする数値が例年と比べてどういう年だったのか?を無視しては、適切な分析といえないのではないでしょうか。
ちなみに、5年のチャートは下記の通りです。
ガソリン価格の高騰は事実ですし、困った事態ではあります。しかし、5年分のチャートと、先の報道をみると、同じガソリン価格の高騰であっても、違った印象がないでしょうか。
CPIはアメリカ人の消費行動をどこまで的確に表すか?
バスケットの中身は?
インフレについて語られる場合に使われる指標に、CPI(消費者物価指数、下記参照)があります。CPIとは、消費者が購入するモノやサービスなどの物価の動きを把握するための統計指標です。できるだけ現実の消費生活に即した数字を産出するため、頻繁に購入されている品物とその頻度を反映させるため、家庭や個人が実際に購入したものについて提供された詳細な支出情報をもとに、CPIマーケットバスケット(下記参照)が作成されています。
ここが前回の記事のラスト(インフレを必要以上に煽る理由は?:❶リベラル州の事象がアメリカの全てではない。)の深掘りになります。情報提供する人が何を基準に(価格のお得感か、オーガニック、ケイジフリー等の生産過程か・・・産地へのこだわりはあるか?・・・等)購入を決めているのか?によって、同じ食材でも価格に幅があります。外向的な理由、天候不順、人件費の高騰等、価格に影響を与える要素は、全ての商品に同じ大きさの影響を与えるわけではありません。
例えば、マーケットバスケットに情報提供する対象者の大多数が激安輸入品を好んで購入する傾向にあれば、地産地消志向よりも、輸送費の高騰、外交の影響により価格上昇の影響を受けやすいことになります。
CPIはあくまで参考データの1つでは?
これは何もCPIという指標がダメだと言いたいわけではありません。人間の行動を数値化するのには限界がありますよね、と思うだけです。株式投資で使われている指標と同様、CPIはあくまで参考データの1つ。大まかな傾向を確認したら、具体的な問題を発見するためには、個別のものを丁寧に見ていくーー例えば、中国産食品が特に値上がりしているのであれば、輸入先をメキシコや他のアジアに変更できないか?とか、自国生産をもっと増やすことを検討するとか・・・ーーーことが重要ではないでしょうか。
「インフレだ!大変だ!」と、闇雲に騒げば騒ぐほど、強くなる需要に供給が追いつかないーー更なるインフレを招きかねないようにしか思えません。
州によって違う!?インフレ耐久力
実は数年前にカリフォルニアでの就職を考えたことがありました。それは同じ役職、同じ職種なら、給与は1.3倍、いやそれ以上の給料が期待できそうだったからなのですが、夫や友人に激しく止められました。カリフォルニア州の都市部では、安全に快適に暮らせる”最低レベル”が保てるのが給料2,000万円だというのです。そして、自宅は間違いなく小さくなる、とも。
「本当にそんなこと、あるの?」というので、今更ながら、データを探してみました。
州ごとの、購買力比較
NUMBEOが出している指標には、Local Purchasing Power Index(地域購買力)という指標もあり、これはその都市の平均的給料の人の購買力をニューヨーク市のそれを100とし、算出された数値です。
2022年度のLPPIの高いアメリカの都市トップ10は下記の通りです。
上記は2022年で検索したデータです。テキサスは1位のヒューストン(172.98)のほか、2位のダラス(170.66)、4位のオースティン(158.21)と3都市がベスト10に入っています。テキサスの3都市入りは、物価安が効いていると思います。
ちなみにヒューストンは、2020年は8位(141.31)、2021年2位(135.77、この時の1位はオースティン)。数字が極端に伸びているのは、テスラー社がカリフォルニアからテキサスに移転したように、土地と税金の安いテキサスに移転する大手企業が増えていることで、平均給与が上がったと推測できますし、他州に比べてロックダウン期間が短かったことも影響しているのかもしれません。
一方、サンホセ、フリーモント、サンタクララ等のカリフォルニア勢は、あれだけの物価高にもかかわらず、ランクインしてくるあたり、平均給料の高さが想像できます。さすがカリフォルニアです。
ちなみに、基準値になっているはずのニューヨークは同サイトに掲載されているアメリカの95都市中76位。
余談ですが、”KK問題”の延長で、”ニューヨークで600万円の給料でプリンセスをお迎えするのはありえない””2000万でも今の生活は厳しい”というニューヨークの物価高について、日本のメディアで取り上げられています。が、実際には、報道よりももっと深刻。なぜなら、ここに掲載されている都市の中では、平均的給与のニューヨーカーよりも75都市の同住民の方が購買力があるということになるからです。
夫妻が現在の生活を維持するために、おそらく日本で報道されているよりももっと多くの資金が投入されていると思います。
本題に戻り、Numbeoに掲載されていた全米58都市のうち、50位から58位は下記の通りです。
LPPI(地域の購買力)とインフレ耐久力
前回の記事で、ヒューストン近郊で、インフレに対し、メディア報道ほどの深刻さがないと思えるいくつかの事例をシェアさせていただきました。私はその理由の1つがヒューストンのLPPIの高さにあるのではないかと考えています。
最下位であるニューヨーク州シラキュース(78.44)に対して、ヒューストンのLPPIは172.98。平均的給与のシラキュース住民に比べ、平均的給与のヒューストニアン(ヒューストン住民) は94.54%、購買力があるのです。 この94.54%分の購買力が、急激な物価上昇の悪影響を吸収しているのではないでしょうか。
つまり、LPPIの数値が高い都市の方がCPIの上昇に対する耐久性があるという言い方もできるかと思います。
もちろん、LPPIもあくまで、アメリカの一部を表した指標の1つに過ぎないかと思います。ヒューストニアンの中にも、インフレの大打撃を受けている人というのは存在します。とはいえ、報道で語られるアメリカのニュースがアメリカの現状ではなく、極端な事例だけを集めて「大変だ、大変だ!」と騒ぎ立てるのはどうかと思います。何の解決にもならないからです。よりインフレを加速しかねない不要な煽り報道を行うよりも、悪影響を大きく受けている層、そこまで深刻ではない層が存在するのであれば、その差を生み出しているものを見つけ、問題があれば解決していくことが重要だと思います。
というわけで・・・次回コラム(❸インフレの元々の原因を追及していない)に続きます。