ウクライナの代理母ビジネスの現状
新生児2人を連れ出そうとした中国人留学生、国境で逮捕
中国関連ニュースを見ていて、最近、気になった事件の1つに、”中国人留学生が新生児2人を連れ出そうとしてウクライナ国境で逮捕される”というものがありました。3月17日付・大紀元ニュースによると、中国人男性2人は、代理出産で生まれた新生児をチェルニウツィの国境検問所からルーマニアに連れ出そうとしていたところ、必要な書類を所持しなかったことで逮捕されたようです。
この記事ではじめて知ったのが、ウクライナでは商業的な代理母出産が合法となっていることです。OBCトランスヨーロッパ(南東ヨーロッパ、トルコ、コーカサスに焦点を当てたシンクタンク)によると、多くのウクライナ人女性は、お金のために代理出産を行っており、民間の代理店やクリニックが代理出産サービスを提供し、いわゆる "レンタル子宮ツーリズム "に拍車をかけていると言います。この表現はかなり衝撃的です。というのも、この団体は、ウクライナの代理母出産ビジネスの現状に懸念を持っているからです。こちらは後ほど、紹介します。
本題に戻り、逮捕された男2人は「中国の知り合いからの依頼を受け、ある”ボランティアグループ”から代理出産の赤ちゃんを受け取った」としています。ウクライナの代理母出産業の主要な顧客が中国人と言いますから、本当に、両親の代わりに迎えにきただけの可能性もあります。ただ、この2人があまりにもわかってないような状況から察するに、単純に運び屋とされてしまった留学生・・・というところではないかという気がします。
ウクライナで代理母ビジネスが盛んになった要因
OBCトランスヨーロッパによると、2015年にアジア諸国が商業的な代理母制度を禁止し、外国人カップルによる搾取や仲介業者による悪用が露呈して以来、ウクライナの代理母制度は盛んになっていると言います。ウクライナでは毎年、代理出産で2000人の赤ちゃんが産まれており、依頼主は主に西ヨーロッパと中国在住者であるそうです。
盛んになった要因の1つは、欧米に比べれば安い費用があります。代理出産費は2万~3万ポンド(約312万~469万円、エポックタイムズ)や、平均価格を3万ドル〜5万ドル(約300万円〜500万円、OBCトランスヨーロッパ)とも言われ、この価格はアメリカの5分の1とされています。ウクライナの唯一の競争相手はグルジアとカザフスタンと言われますが、シェンゲン協定加盟国のビザが簡単に取得できるため、ライバルは存在しないと言います。
その他、OBCトランスヨーロッパが指摘する要因をまとめました。
依頼主側の要因:
商業的代理出産が合法な他国に比べ、比較的安い代理出産費
シェンゲン協定加盟国のビザ取得が(簡単)可能
夫婦は子どものウクライナの出生証明書を取得し、配偶者が子供の正式な親として認定される(代理母は子供に対する親権を持たない)
代理母が子どもの引き渡しを拒否することはできない(ロシアをはじめ、他の多くの国は、このオプションがある)
代理母側の要因:
ウクライナでの代理母ビジネスの懸念点
ウクライナの代理母出産は、依頼主には、既婚カップルであることや、自然出産が不可能である証明等の条件が要求されます。ですから、代理母出産自体を否定するつもりは全くありませんが、デリケートな問題や出産という命がけの行動が伴うため、”ビジネス”として取り組める類のものであるのかという点には疑問が残ります。それは代理母が対価を受け取るべきではないという意味ではなく、ここに代理店業者が絡むことが適切かどうか?という意味です。
また、代理母出産を引き受ける女性が同時に引き受けることになるリスクを考えると、代理母側の要因が経済的な理由一択であり、貧困から抜け出す手段となっているのであれば、それは悲しいことです。
さらに、生まれてきた子どもに対して、代理母が一切の権利を持っていないことで、確かにトラブルは防げるかもしれませんが、出産後に気持ちが変わる代理母がいることを考えると、それもまた、代理母にとってはリスクだと思います。さらに、子どもに障害や疾患があったときに、引取を拒否する両親もいるそうですが、この場合でも、代理母に親権がないことで、引き取り手のない子どもは、孤児院に行くしかないという問題も出ているそうです。
後ほど、紹介するBBCの記事で、引っかかったのは、代理母の次の発言です。
「がんはストレス、治療中の出産はストレス、体外受精を繰り返してもうまくいかないのはストレスです。でも、(ウクライナ危機は)それとは比べものにならないんです」。
がん治療中の、体外受精と出産?
メインテーマがウクライナ危機の中の代理母ということもあり、記事では、触れられていないのですが、この女性は、がん治療を受けている最中に代理出産を計画していたようです。経済的に、治療に専念できない状態だったのでしょうか。自由意志で引き受けた仕事とは言え、経済的に他の選択肢がないのだとすれば、それはある種の強制労働ではないかと思います。
BCトランスヨーロッパによると、多くの国で、商業的な代理出産が違法とされているのは、”子宮を貸し出す”という行為が人身売買と同様の行為とみなし、女性の尊厳の侵害とされるためです。
また、2015年にアジア各国が代理出産を禁止した背景には、外国人カップルによる制度の搾取や代理店による乱用もあったとされます。(マリー・クレール)。
代理母の引き受け条件に、年齢の上限があったものの、下限がなかったことも気になります。一般的に成年よりも未成年の方(年齢が若くなる方)が仕事のスキルや経験が十分でない傾向にありますから、経済的に追い込まれた未成年の女性の唯一の選択肢となる懸念もあります。
IRTSA Ukraine (国際補助生殖技術支援機構)の法学者、セルヒイ・アントノフ
は、「ウクライナの代理出産市場の3分の2は違法業者。ソーシャルネットワーク、インスタントメッセージサービス(Viber, Telegram)、求人検索プラットフォーム、あるいは地下街の広告スペースで代理母を簡単に見つけることができる」ことを強調しており、これには、ほぼすべての専門家が同意していると言います。それは、ウクライナの多くのクリニックが未登録または偽名を使っており、外国人カップル、仲介業者、または”即席の代理母は”、税金を払わないために、水面下で物事を進めているためだと言います。
このような状況を受け、2019年、ウクライナ大統領府子どもの権利委員会のミコラ・クレバは、代理母出産を未成年者の人身売買と比較し、ウクライナでこのような行為を禁止するよう求めたと言います。社会政策省も、子どもたちの親権侵害につながっていると明言したそうです。
しかし、一方で、この慣習の合法性を支持する層もいると言います。
「ウクライナで代理出産が禁止されても、違法な形となって残るだけです。このような状況で最も弱い立場にあるのは代理母でしょう」(人権担当委員のリュドミラ・デニソヴァ)。
以上の話はパンデミックが始まる前のこと。パンデミックが開始した2020年以降は、さらに問題が複雑化していたようです。ウクライナ商工会議所によると、コロナウイルスによる自宅待機が始まって以来、100万人以上のウクライナ人が職を失ったと言います。国境が閉ざされた中で、生まれた子どもを引き取りにいけない、もしくは、新生児と共に外国人両親がウクライナから出られなくなった等の問題が発生する中でも、代理出産を引き受けることが経済的に必要な家庭もあったようです。そして、今回のウクライナ危機へとつながります。
ウクライナ危機と同時に、追加された新たな問題
さらに・・・”ウクライナ危機”が始まってからは、新たな問題が追加されてしまいました。第1に代理母がウクライナ国外に避難できないこと、第2に外国人の両親がウクライナへ入国し、新生児の受け取ることが困難になっていることです。代理母がなぜ避難できないかと言えば、商業的代理母が合法でない国に行けば違法になってしまうからと言います。商業的な代理母が認められた国でも、親権が代理母にある場合、養子縁組等の手続きが複雑になるようです。
とは言え、業者によっては、妊婦の安全のため、モルドバ(ウクライナの隣国)の首都まで移動させたところもあったようです。ただし、他の代理母と一緒に、小さなアパートに押し込められ、ベッドがないという状況にあったことを考えれば、緊急時とはいえ、妊婦の安全確保というよりは、新生児の安全のための非難をさせられたということかと思います。お腹の大きな妊婦にとって(特に普段ベッドで生活している生活圏の人にとっては)ベッドなしで起き上がるのは、大変なことです。
また、子どもや夫と離れての生活になりますので、ホルモン・バランスの崩れから、精神が安定しにくい時期を、初対面の妊婦らと過ごすと言うのも、想像以上に大変なことだと思います。
一方、キエフ残留組も危険と隣り合わせの生活を送ることになります。BBCの報道によると、地下にある保育所で、両親の引取を待っている新生児は取材当時、41人いたようです。そのため新生児をケアする看護師は、帰宅することもなく、24時間体制で多くの新生児のケアに当たっているそう。侵攻以来、危険を冒してキエフまで子どもを引き取りにこられた親はわずか9組で、5組が遠隔地からの引き取りを手配していると頃だと言います。
ウクライナ最大の代理店は現在、500人の代理出産者を様々な妊娠の段階で抱えていると言い、この状況が続けば、100人以上の新生児のケアが必要になるかもしれないと言うことでした。
記事はBBCのものですので、締め括りは「この戦争(ロシア)が悪い」と言うことになります。それは疑うことのない事実なのですが、ほとんど同じ状態がパンデミックのときにも起こっており、代理店業者の対策はその時とほぼ変わっていないようです。
コロナ禍でも起きていた”同じ問題”がそのままに
パンデミックが開始した2020年以降は、もともと複雑な代理出産の問題がさらに複雑化したーーと言っていたのは、マリ・クレール2020年5月17日の記事です。
”新型コロナにによって代理出産者が閉じ込められた代理母”や新生児のケアに当たる看護師の状況を紹介していますが、問題点は現在と変わらないようです。
感染対策のため、出産まで家族から離れた土地で、共同生活を強いられる
他の代理母と部屋をシェアし、共同生活をしている
ほぼ自宅に篭った生活
外国人の両親の、新生児引取が難しい状況にあり、産んだ子どものことが気がかりになっている
24時間体制で新生児のケアをする看護師は、保育所となっているホテルに缶詰
ウクライナ商工会議所によると、コロナウイルスによる自宅待機が始まって以来、100万人以上のウクライナ人が職を失ったと言います。コロナ禍であっても、代理出産を引き受けることが経済的に必要な家庭もあったようです。
ただし、代理店業者や病院等、代理母出産をビジネスとして営んでいる組織は、一時的に外国からの依頼を中止する等、両親が引き取りできないという問題にきちんと対応するべきだったのではないでしょうか。とはいえ、3分の2が違法業者ということであれば、リスクを最小限にしてくれるような緊急時対応は期待する方が無駄かもしれません。
違法業者が新生児を販売?
キエフの医療・生殖法センター所長兼設立者のセルギー・アントノフによると、「この国では多くの代理出産業者が怪しげな評判を得ている」と言います。
多くの代理店は母親と代理母の両方にとって公平な条件で運営されていますが、例えばBioTexComのように、多くのスキャンダルに巻き込まれている代理店もあると言います。
BioTexComは、最大手の代理出産業者の1つ。同社オーナーのアルベルト・トチロフスキーは、「何千人ものウクライナの新生児を海外に売ったことで告発されている 」ことを認めていますが、「子どもたちは外国人の親と遺伝的な親和性がある」とも言っているそうです。
「代理出産の権利を保護するウクライナの法律はなく、存在するのは契約だけですが、それは必ずしもすべての参加者の利益のバランスを保証するものではありません」(アントノフ)。特に、不確実性の高い状況下では、ただでさえ不安定なプロセスをさらに悪化させる懸念もあります。
ウクライナの現在の状態が長引けば、両親が引き取りにこられない新生児の数がますます増えていくことが考えられます。そのようなときに、保育所でケアしきれなくなった新生児の未来が心配されます。
そして、忘れてはならないのは、代理母に親権がないウクライナでは、引き取り手のない新生児を、代理母が育てるということです。お腹を痛めた子どもを他人の手に渡せるのは、その子どもが幸せになれると思える両親に引き取られるとわかってこそだと思います。
代理母も安心な妊娠生活が送れて、”両親”にしっかり引き渡しをできる環境を考えると、代理母が第三国か依頼主の国へ避難することが最も良いことかと思います。この場合、商業代理母を認めていないことや、親権の複雑化が問題視されているようですが、緊急時ということを考慮して、一時的な特例を認める等、妊産婦と新生児の心身の安全を第一にする配慮がされれば・・・と思います。
独り言
今回、”中国人留学生が代理母出産で誕生した新生児を連れ出そうとして国境付近で逮捕”という記事が心に引っ掛かったのは、北京オリンピックの直前に起こった”鎖に繋がれた8児の母親事件”があったからかもしれません。秩序のない社会では、弱い立場の人がより大きな犠牲が強いられることになります。本当に悲しいことです。
■中国・鎖に繋がれた8児の母親事件
女性や子どもの誘拐・売買と、中国の二元論社会ーー”8児の母親”事件
徐州・鎖で繋がれた女性を救え!:中国市民・ジャーナリストの調査力と勇気
中国国内で、オリンピックよりも関心を集めた、”人身売買の問題”
引用・参照記事
ウクライナ国境で見つかった新生児、代理出産の子=当局発表(2022年03月17日、エポックタイムズ)
代理母出産の懸念点(2020年7月30日付け、OBCトランスヨーロッパ)
ウクライナ:代理母と両親にとって不可能な選択(BBC、2022年3月22日、ウクライナ危機に直面した代理母業)
代理出産は複雑だ-世界的なパンデミックも加わって(マリ・クレール、2020年5月17日パンデミック、BioTexCom問題)