見出し画像

足助のおばさんと教育 24 高校生10

夢のつづき  10

    夢のつづき
第10回 物理ノート 
(前号まで:松田君に憧れる由芽子は、水田くんを持て余していた。)
 水田君からの電話の一件以来、由芽子は傍目にも水田君に冷たく振る舞うようになっていた。水田君からは、交際を申し込まれたわけでもなければ、今風にコクられたわけでもない。水田君の一人相撲につき合わされただけである。しかし、人を「ふる」ことの後味の悪さを由芽子は、いやになるほど味合わされた。由芽子が冷たくなったことで、水田君は、より一層辛気くさくなっていった。それが自分のせいだと思うのはつらかった。
 学祭で盛り上がった後には修学旅行が待っており、高二の秋は慌ただしくすぎていく。
 数学で落ちこぼれていた由芽子は、三角関数を必要とする物理の授業にもはなはだしく苦戦していた。物理の三井先生は、なんとか生徒に興味を持ってもらおうと、あの手この手で救いの手を差し延べてくれたがどれも由芽子にはむなしかった。
 一つだけ、液体窒素で凍らせたゴムのテニスボールが粉々に砕け散ったのは、理科という教科の持つ科学的な因果関係というものを、強烈にインプットしてくれた。
「物理ノート」は、そんな三井先生の編み出したあの手この手の一つだった。クラスを六つの班に分け、それぞれ授業の内容を交替で書いていくのである。ラッキーなことに、後期(千種高校では三学期制をとらずに、前期後期の二学期制であった。)の物理の授業で、由芽子は松田くんと同じ班になったのだ。
 物理は、わかる生徒にはとても簡単にわかる授業らしい。松田君は物理のわかる生徒だった。そんな松田君の描く、イラスト入りの物理ノートを由芽子は心待ちにしていた。
 ところが、他の班のノートは、定期的に巡回するのに、由芽子と松田君の班のノートは、たびたび滞った。見るのは楽しみだが、書くのは困ったなという由芽子だったから、これはありがたさと残念さの入り交じった状態である。その真相は、松田君の描いたノートが、あまりによくできていたので、三井先生が先生同士の研究会に資料としてたびたび持ち出していたからであった。そのノートを由芽子はうまいことに手元に置いたまま、二年生を終えてしまった。ノートは今も由芽子の日記とともに宝物入れに入れてある。
 とにかく、物理の授業では由芽子は松田君と一緒になれるのだった。実験の際の手際のよさにも、由芽子はほれぼれとしていた。しかし、そこまでのことである。それ以上に由芽子と松田君を結びつけるものは、何もなかった。
 まわりでは、成績のいい子も悪い子も、見た目のよさにも関係なくカップルが生まれては消えていた。それを羨望の思いで見つめていた由芽子である。
 学年末になって、またも水田君の発案で、由芽子たちはクラス文集を作ることになった。各自、ボールペン原紙(といって、わかりますか?)半分の受け持ちで、好きなことを書く。扉見開きには、松田君の描いたクラス全員の似顔絵がのることになった。 松田君の描いた由芽子は、いすに片肘をもたせ掛け、由芽子のお気に入りだった縞のハイソックスをはいていた。割合に可愛らしく描かれている。
 松田君がこんな風に自分を見ていてくれたのかと、それだけで気持ちの温まる由芽子だった。
(続く)(2008年1月31日 記)

(元ブログ 夢のつづき  10: Here Come the 足助のおばさん (asukenoobasann.com)

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?