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500億円の自社株買いでPBRは上がるのか? ENEOSの24年3月期3Q決算

石油元売り大手のENEOS HDは2月9日、24年3月期の第3四半期決算を発表しました。どんな内容だったのか、PBRが上がらない理由とともに分析していきます。


4-12月累計営業利益55%増益で着地

3Q累計実績

減収増益での着地になりました。通期計画に対する営業利益の進捗率は92%で、1年の3/4を終えて目安の75%を大きく超える順調な進捗です。

売  上 9.6%減の10兆2453億円
営業利益 54.7%増の3863億円
在庫影響除く営業利益 1642億円増の3356億円
経常利益 59.7%増の3717億円
当期利益 2.2倍の2067億円

出典:株探

今期予想

11月に上方修正された今期見通しに変更はありません。

売  上 6.8%減の14兆円
営業利益 49.3%増の4200億円
経常利益 55.4%増の4000億円
当期利益 66.9%増の2400億円

出典:株探

エネルギー事業回復で大幅増益も増配見送り

前年の反動で大幅増益、3Qは黒字浮上

1年前の決算では、3Q累計で営業利益53%減益のうえ通期見通しを下方修正と散々でしたが、今年は前年の反動もあり大幅な増益で着地しました。とはいえ3ヶ月前から大きな変化はなく、原油価格も1年前よりも下落が緩やかで底堅いことから、ほぼ予想通りの結果という印象です。

増益の主な要因はエネルギー事業の回復です。前期にあったマイナスタイムラグ(※1)が解消されてプラスに反転したこと、マージン(※2)が良化したことで、エネルギーセグメントの営業利益は前年の743億円の赤字から2366億円改善し、1603億円の黒字に急回復しました。一方で石油・天然ガス開発と金属は資源価格の下落などで減益になりましたが、エネルギー事業の増益が大きく寄与して、全体の利益を押し上げました。

セグメント別営業利益

エネルギー     ▲763億円→1603億円
石油・天然ガス開発 956億円→775億円
金 属       1169億円→803億円
その他       352億円→175億円

※1 原油価格下落によって生じる在庫評価損
※2 販売価格から原料コストなどを差し引いた粗利

出典:決算説明会資料

第3四半期単独では、営業利益、経常利益、当期純利益ともに前年の大幅な赤字から黒字に転換しています。

出典:株探

年間配当は22円で据え置き

決算は良かったものの、配当予想に変更はありませんでした。年間配当は22円で据え置き、今回も増配は見送られました。

同業他社ではコスモエネルギーが第1四半期決算と中間決算でそれぞれ50円ずつ、出光興産も中間決算で実質33.3%の増配を発表していたので、ENEOSも続くのではと一部で期待されていたようですが、増配発表はありませんでした。

配当を維持した=減配はなかったことをポジティブに捉える向きもありますが、同業他社が増配を発表しているのに、ENEOSだけ増配がないことはネガティブな材料です。「安定的な配当継続」「下限配当22円」と言えば聞こえがいいですが、そろそろ増配できない現実と向き合うべきではないでしょうか?

増配できない理由は原資がないから

ENEOSが増配できない理由については、過去に考察した記事を書きました。

出光興産とコスモは株主還元を拡充、なぜENEOSは増配できないのか?

簡単にまとめると

直近10年のフリーCF-直近10年の財務CFはマイナス=有利子負債の返済などで既に支出済みであり、企業が自由に使えるフリーCFから増配の原資を捻出することはできない。

・十分な現預金があるものの、年5000億円程度のキャッシュアウトがあり、さらに先行投資もたくさん必要なため、ここから増配の原資を捻る出すのは難しい。

前期の営業CFがマイナスであり、現預金を取り崩して借入金を返済した。今期の営業CFは大幅なプラスが見込めるとはいえ、この先に原油価格が大きく下落することも考えられ余裕があるとは言えない。

ありていに言えば「原資がないから増配できない」というのが結論です。

500億円の自社株買いでPBRが上がるのか?

上限500億円の自社株買いを発表

増配は見送られましたが、上限500億円の自社株買いを発表しています。

在庫影響除き当期利益の50%以上を還元する」という還元方針に基づくもので、サプライズではあります。その結果、今期の総還元性向は58%に達し、8月に公表した「企業価値向上の取組み」の一つである「最適な資本構成・資本コストを意識した株主還元」を一定程度実現したと評価できます。

ただし在庫影響除く予想当期利益2000億円の50%である1000億円のうち、配当金の総額は660億円で、あと440億円余裕があるのに、増配ではなく自社株買いを選択をしたことは重要です。ここにENEOSの「増配したくない(できない)」という本音が透けて見えるからです。

出典:決算説明会資料

1倍が遠いENEOSのPBR

ENEOSが発表した上限500億円の自社株買いは、東証が要請する「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」への取り組みであることは明白で、「PBR上げてくださいねー」に対する答えということになります。

しかし、ENEOSのPBRは2/9時点で0.61倍であり、1倍は遠いのが現状です。

ENEOSのバランスシートを見てみましょう。

連結バランスシート(23年12月末)

総資産 10兆3345億円
負債  6兆8197億円
純資産 3兆5148億円

出典:決算説明会資料

たった500億円自社株買いで、いったいどれほどの効果があるのでしょうか?

国内の石油企業のPBRを比較してみましょう。

24年2月9日時点のPBR
ENEOS    0.61倍
出光興産 0.65倍
コスモ  0.96倍
INPEX  0.58倍
石油資源 0.66倍

コスモを除いて0.6~0.65倍前後の範囲にあり、1倍が遠いのが現状です。

PBRを上げるには純資産の増加率以上に株価を上げる必要がある

石油企業のPBRが上がりにくい理由は資産の増加にあります。重厚長大産業であるゆえに、大きな事業の売却や資産の入れ替えがない限り総資産は増え続けます。純資産もコロナのようなショックがない限りは増加していく傾向があります。

つまり普通に経営しているだけで、企業の純資産は増えていくのです。以上のことからPBRを上げるには以下の図式を成立させる必要があります。

純資産の増加率<株価の上昇率

ENEOSの場合はどうでしょうか? 過去10年間の純資産、PBR、株価の推移は以下の通り。なお純資産とPBRは直近の24/2/9を除いて月末の数字、株価については終値では偏りがあるので、その年度(23/03なら22年4月~23年3月)の平均(高値+安値÷2)を算出しました。

    純資産   PBR  平均株価(小数点第2位以下は四捨五入)
24/2/9        0.61倍  548.6円(23年4月~) 
23/12 3.51兆円  0.55倍  551.4円(4月~12月)  
23/03 3.29兆円  0.49倍  508.6円
22/03 3.23兆円  0.51倍  462.0円
21/03 2.75兆円  0.69倍  434.7円
20/03 2.71兆円  0.52倍  446.6円
19/03 3.12兆円  0.62倍  702.8円
18/03 2.92兆円  0.87倍  629.9円
17/03 2.04兆円  0.80倍  463.3円
16/03 1.93兆円  0.68倍  486.4円
15/03 2.43兆円  0.71倍  486.6円
14/03 2.63兆円  0.63倍  515.0円

純資産が10年で0.88兆円増えているのに対して、PBRは長期で見ると上がっていないどころか、10年前の0.63倍よりやや低い水準にあることが分かります。

10年間の平均株価は、19年3月期=18年度をピークに下落が続き、この2年くらいは戻していますが、高値からはまだまだ距離があります。

純資産、PBRと平均株価を5年前、10年前と比較しました。

19年3月との比較
純資産   112.5%
PBR     0.62倍→0.61倍
平均株価  78.1%

14年3月との比較
純資産   133.5%
PBR     0.63倍→0.61倍
平均株価  106.5%
  

2018年度、2013年度は原油価格が上昇傾向にあり、株価が上がりやすかったとはいえ、いまだに高値を更新できずにいる(ちなみにコスモは18年1月の高値を既に更新)のは物足りないと言わざるを得ません。なにより10年前からPBRにほとんど変化がなく、株価も6.5%しか上がっていません。

もちろん直近の株価624.3円と比べれば2割ほど上がっていますが、それでも19年の平均株価を超えられていないことに変わりはありません。

結論として、ENEOSは純資産の増加率>株価の上昇率の状態にあり、これを逆転させないとPBRは上がらないということになります。

3.5兆円も純資産があるのに、500億円の自社株買いだけでPBR1倍になるわけないだろ!

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