見出し画像

『沈黙と騒音、割れたそれについて』

「ねえ」と言ったら、それは貴方に届くすんでのところで弾き返され、気付いたら落ちて割れていた。

言葉は大抵、届いた地点からゆっくりと沈んで、溶けていくように思う。アイスコーヒーにガムシロップを入れた時のように、ミルクでもいいんだけど、もやもやと漂ったかと思えば重力に負けて素直に落ちていくこともある。すべてがコーヒーに混ざりあってしまった時、言葉はわたしから離れて貴方のものになる。

今わたしから飛び出て弾き返された「ねえ」は、足元で粉々になってしまって、もう読めなくなってしまった。
この部屋にはわたしと貴方しか居ない。窓から入ってくる光の筋ですら、少し居心地悪そうに密やかに部屋を照らしている。

嗚呼、とわたしは納得する。
今貴方の耳元では、沈黙が騒いでいるのだ。

ねえ、貴方のその沈黙は、誰に届くはずのものだったの?

貴方の唇が言葉を発することなく、届けるはずだった言葉は貴方から離れず、沈黙となって貴方の耳元で騒いでいる。
沈黙を選んだのは貴方で、では何故言葉は届けられずに呑み込まれたのか。
わたしには分からない。
貴方からわたしへ、言葉は届いてこない。けれどもわたしは、わたしにぶつかったところからそっと沈みこんで、おなかの奥を暖かくしてくれるような言葉が、貴方から届けられることを、性懲りも無く未だ期待している。

ちりちり、というような耳鳴りがし始めた。「ねえ」の先に、本来のわたしがどんな話を続けようとしたのかは、もう忘れてしまった。

ねえ、貴方のその沈黙は、誰のために守られているの?

ちりちり

言葉を呑み込む度に、耳鳴りは大きくなる。
ふたりだけの部屋、差し込んだ光、沈黙が影を濃くしている、各々の耳元で騒音が鳴り響く。

何度目かの割れた「ねえ」を踏みしめて、わたしも沈黙を選んでしまった。

耳元の騒音はぶあつい壁となる。やがて、ひとりぶんの体温がこの部屋から街の喧騒へと消えていく。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?