[読み切り]ある女の子の話[超短編小説]


鬱気味の女の子の話です。自傷行為があります。苦手な方は閉じてください🙇‍♀️


文月(ふづき)の話

あぁ今日も死にたい1日が終わった。
死にたいと頻繁に思うようになってからもうかれこれ3ヶ月。
別に家族に恵まれなかった訳でも友達に恵まれなかった訳でもない。
それでもただ生きている、ということが嫌だった。
別段したいことがある訳でもない、将来の夢なんてどうでもいい。ただ淡々と人と同じように適当に生きてそのうちやってくる死を待つだけの人生を送るくらいなら早く死んでしまいたい。私を誰か殺してくれないか。ずっとそう思ってただ平凡な日々を送っていた。

チチチチチッ
カッターに手を伸ばし、刃を腕に当てた。その白く透き通るような腕の内側にはもう何度も切ってはふさがってを繰り返した切り傷の跡がさらに白く浮かぶ。
スーッと刃を引けば白い肌に赤が映える。
「ふふ。これが好きでやめれないのよね。」
薄く笑った彼女は自分の白い肌に浮かぶ鮮血を綺麗に舐めとった。
薄くしか切らないから大量出血で死ぬこともない。本当に死にたければもっと深く切るであろう。母はそうやって大量出血で死んだ。
「お母さんも苦しかったんだね。でもまだ私には自分で死ぬ勇気がないよ。」

今は夏で、今日は仕事だ。腕をガーゼと包帯で保護し、カーディガンを羽織り、強い日差しの中会社へと向かう。
いつも外に出てからリストカットしたことを後悔する。汗をかいて包帯が蒸れるから。会社に着いてしまえば冷房も聞いていて少し肌寒いくらいなのでカーディガンを着ていても不思議じゃないし包帯の蒸れも気にならない。
1日仕事をこなし帰路に着く。なんとなく今日は久しぶりに新宿に行きたいと思った。よく遊んでいた歌舞伎町の住人に連絡を取り、約束を取り付けた。

「うわ、文月久々じゃん!なんか…んー変わった?よね?なんか病んでる?」
さすがは当時ほぼ毎日一緒にいた友人だ。
「なんかすっごい病んでる目してるけど!しかも腕やってんじゃん!」
「あはは、さすが奈津(なつ)だ。母さん死んでから調子でなくてね、久々に来ちゃった。」
「あーもう見てらんない!とりまメイクしよ!夜の街バージョンになろ!」
「ありがと〜」
奈津は昼間はメイクアップの仕事をしながら夜はBARで働いている。昔からこうやってメイクをしてくれるので助かっているがお陰様で私は一向にメイクが上達しない。
「よし、おっけ!」
30分かけて夜の街によく居そうな顔になった。本当に奈津の技術には感心させられる。
「んーじゃあ、久々にあれやりますか」
ああ、懐かしい。
「金は!?」
「ある!」
「飲みベは?」※飲みベ…飲むモチベーション
「マックス!」
「「っしゃ行くぞ!」」
高笑いしながら2人は夜の街へと消えていった。

3.4件ほど回っただろうか、私も奈津もかなり飲んで足元もフラフラ、酔っ払っていた。次を最後にしようと適当に彷徨って目に止まったお店に入った。

"vivi forte"(ヴィーヴィ フォルテ)

店の中はこじんまりしていて落ち着いた雰囲気。今までのお店はギラギラ系だったし〆のお店としては完璧だと思った。ネオンでギラギラした街の一角の木の温もりに癒された。ただいつも行く店との雰囲気が違いすぎて奈津と私は振る舞い方がわからずとりあえず大人しく案内されたカウンター席に座った。
「緊張されていますね。こういうお店は初めてですか?」
とても柔らかい物腰で話す男性。おそらくはこの店のマスター。
「はい、いつもは派手なお店ばかりで。」
優しい雰囲気のマスターの言葉に素直に答える。
「ふふ、そうですか。それだとこのお店は落ち着かないでしょう。他にお客様もいらっしゃいませんし雰囲気少し明るくしましょうか。」
そう言うとマスターはBGMを変え、店の照明度を上げた。
「そんな、私たちのために変えるなんていいですよっ。」
奈津が慌てて断りを入れる。
「いいえ、いいんですよ。お客様に合わせて雰囲気を変える、そんなお店にしたくてこの小さな箱でやらせて頂いてるんです。ですから今日はあなた達おふたりだけのためのお店です。好きに楽しんで頂けると私としてもこの上ない喜びでございます。」
そうですか、と少し照れながらいいお店に入ったね、と顔を見合せた。
「おすすめのカクテルをください。」

「美味しい」
2人揃って口から溢れる感嘆の声。
「奈津さんにはジントニック、こちらはシンプルですがあなたからエネルギッシュさを感じこちらにさせて頂きました。文月さんにはベルモント。こちらは慰めの意味を持ちます。失礼ながら沈んだ空気を纏っていらっしゃる気がしてこちらを用意させて頂きました。」

あぁ、美味しい。荒んだ心が整えられていくような不思議な感覚。
あれほど死にたいとばかり考えていたのが少し馬鹿らしく感じている。
別にただ生きているだけでも今はいいか。もっと周りに目を向けていつもと違う行動をしてみよう。
そうすればいつかきっと今日みたいに素敵なことが起きるかもしれない。今はただ、この緩やかな気持ちに身を任せていきたい。

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