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1. 読解の方針と準備作業の概要 オリエンテーション3/3

読解方針の概要

 本会の基本的な読解方針は、文書に向かっている間中ずっと、各所で次の問いを立てながら進む、というものです:

  • [P1]〈そこで何が生じているのか/それは如何にして可能か〉

  • [P2]〈そこで何が行われているのか/それは如何にして可能か〉

 以下では [P1] [P2] のことを「主導的な問い」と呼ぶことにしましょう。ご覧の通りこの方針は、或ることの可能性条件を問うタイプのアプローチ──もう一歩くわしく言うと〈やり方〉を可能性条件として問うアプローチ──です。[P1] と [P2] では、P1 の方が抽象水準が高く、P2はP1の下位問題となっています(P2 が使えるのは、何らかの生じていることについて・何らかの投射(典型的には意図)を・何らかの動作主に帰属できるときです)。以下では、主として、より特殊な P2 の方を使いながらお話を進めますが、その場合でも直前に指摘した P1 と P2 の関係を念頭に置きながらそうしているものとして読んでください。

 この方針は極端にシンプルなものです。またこの質問の意味がわからない人はいないでしょう。しかし、汎用性も高く無限定にすぎるので、これをどう使えるのか・使うことで何ができるのかを解説するのは かえって大変です。以下でも その意義について総括的に紹介するつもりはありません。ここから先しばらくは、文書を読み始める前・文書を読み始めたばかりのステージに範囲を絞り、そこですら実行可能な各種の作業を、基本方針に基づいて解説します(それによって同時に方針の紹介も行います)。その手前で強調しておきたいのは、この基本方針は、初期段階だけでなく、本を読んでいる間中ずっと活用できる(・すべき)ものだ、ということです。

 なお、以下では〈そこで何が行われているのか〉という問いに対する答えを得ようとする活動と、それによって得られる成果物を特に「実践の記述」と呼ぶことにします(ここでは語「実践」を、行為や活動を総称する概念として用いています)。

 というわけで、導入のステージで方針についてこれ以上語るのは難しいので、すぐに作業の紹介へと進んでしまいましょう。

準備作業の概要

 前エントリで紹介したように、この読書会では、開催日当日までに該当範囲に三回以上目を通してくるようお願いしています。その際に行うことを推奨しているのが以下の作業です:

  • [A] PDFを修飾する。

  • [B1] 予備作業ファイルを作成する:

    • 量的構成を確認する。

    • 趣旨・課題を抽出する(〜第二水準の要約を作成する)。

  • [B2] コメントを執筆して読書会用ホワイトボードに書き込む:

    • 目が止まった箇所で自分に生じた反応を言語化する。

    • 該当箇所を特定し引用する。

    • 引用箇所を敷衍する。

 この三つは、[A] をベース作業として本を読み進めながら その傍らで [B1][B2] を行う、という関係にあります。ということで、[A] から紹介していきましょう。

[A] PDFを修飾する

準備作業 [A] PDFの修飾

 一見してずいぶん面倒なことを要求しているように思うかもしれませんが、ともあれ、中身を見れば、難しいことは一つも含まれていないこともわかるでしょう。驚くべきことが全く何も含まれていないことに驚く人がいるかもしれません。これらの課題は、我々が文書を読むときにいつもオートマティックにおこなっている(・できてしまっている)ことを明示化したものです。作業の中味は、「〈いつもオートマティックできてしまっていること〉を、手を使って・一目で把握できるようにせよ(〜外部化せよ)」というものになっています。こんなことに いったい何の意味があるのでしょうか。その最初の答えは、「〈見れば言える考えなくてもわかること〉のコレクションを作ると、〈見れば言える考えなくてもわかること〉を考えなくても見て使えるようにできる」です。これをやっておくと、たとえば、注意力に頼らずに進めるようになります。

 私たちは本会で、「注意深く読む」「丁寧に読む」「精密に読む」といった方向を目指していません。「読み込む」「精読する」といったことは目指していないのです*。そうではなく、私たちは、その都度眼の前にある文書を、それぞれに相応しい おおまかさで読みたいのです。別の言い方をすると。

* そもそも、人文書好きくんたちが しばしば使う「読み込む」なる表現は、正確には何をすることを指しているのでしょうか・・・? それがわかりません。

 「注意」は揮発性のある希少資源であって、どこかに割り当てれば他のところへの注意は疎かになりますし、長時間ずっとそれに頼ることもできません。ですから、私たちとしては なるべく注意力には頼らない方向に進みたいと思いますし、仮に「どこに注意を向ければ良いのか」が話題になるときでも、私たちはそれを文書に即して決めたいのです。しかもそのとき、それを決める作業はなるべく注意力に頼りたくはありません。だから、[A] が指示している作業の中に、注意力を強く必要とするものは全く含まれていないのでした。そんなわけで、これらの作業の多くは、疲労困憊の極にある時でも、混雑率150%の通勤電車の中でも実行可能です。

 さて。オートマティックに行えていることを手を使って代替することで、我々は、速度というメリットを手放すことになります(作業が面倒に感じられる最大の理由はこれでしょう)。しかしその代わりに、ふだんはオートマティックに支払われている注意力などの希少資源を解放することができます。しかもこの作業は、他の人とも共有して使える〈見れば言える考えなくてもわかること〉の・目に見える(〜外部化された)リストを増やしており、そしてこれは、文書について他人と話す際の最も基礎的な資源となるものです。さらに、このやり方でもって「書かれている個々のことを理解できていなくてもとにかく先に進んでいく」というタイプの読書も可能になります。──「注意深く・丁寧に・精密に」どころの話ではありませんね。それができるのは、[A] の作業それぞれが、考えなくてもできることばかりで構成されているからです。そしてまた、とにかく先に進んで行きさえすれば([B1]や[B2]のような形で)他人と共有できる(〜外部化された)作業記録を残すこともできます。

 書かれていることを理解していないが目は通した状態。──これは読めているのでしょうか。いないのでしょうか。常識的に考えれば「いない」と言うべきでしょう。しかしここではむしろ、私たちは、こうした単純な問いかけを無効にする方向で、読み方のバリエーションを増やそうとしているのだ、と述べておきたいと思います。そして、まずは「読みはしたが読めてはいない」という状態を確保することを目指し、ついで、その状態に長くとどまりながら、その状態を少しずつ更新していくことを目指しましょう。

 [A]の作業表は、作業をPDFに対して行う前提で(また必要に応じて他の読書会参加者とそれを見せ合うことを前提にして)記しており、ハイライトと描線機能を使っています。幾つか例を示ば以下のとおりです(読書会の場では、ここで少しPDFの使い方に関するレクチャーをはさみむところですが、このエントリでは省略します)。

 使うのは、第二期読書会で 戸田山和久『思考の教室』(NHK出版, 2020年)を扱った際に私が作業を行ったPDFです。

例:[A5] 趣旨や課題の提示、疑問文

例:[A5] 趣旨や課題の提示、疑問文

 04段落は丸ごと、この本で何をするのかを予告・宣言しています(つまりここで著者は「予告」とか「宣言」をしています)。行を跨いだ指定を行うために、ここではハイライトではなく線を書き込んでいます。
 01では疑問文を桃色でハイライトしています。読み進めたところ、この間接疑問文で立てられた問いが本書を支配しているものであることがわかったので、除去されずに残ることになりました。

例:[A3] マーカーが支配する範囲

 「もう一つ」が支配する範囲を緑線で示しています。「もう一つ」と言われているからには、その手前どこかで別の「大切な心構え」も述べられているはずです。
 ページ最後の段落、「紹介しよう」で閉じる文は、この直後からスタートする内容を予告しています(このように、為されていること・為そうとしていることをわざわざ言葉にして述べることを、エスノメソドロジストたちは「定式化実践」と呼ぶことがあります)。その文が、「それでは次に」で始まっているのですから、直前の項とここから始まる項には順序を伴う強い関連性があるはずです。

例:[A3] マーカーが支配する範囲

例:[A4] 例の範囲

 例は何かの例です。つまり、例の付近には、その例を使って述べたい何かがセットで存在しているのが普通です。ここでは、「負けそうになると話題をそらす」が、「議論を壊してしまう」の例になっており、つまり「議論を壊してしまう」が「何か」に当たります。

例:[A4] 例の範囲

 このように、「例えば」という副詞は、〈何か-「例えば」-例〉とか、〈「例えば」-例-何か〉といったかたちで、複数の要素を結びつけて文章を構造化するために使われます。

 次のセクションでは、この基礎作業に基づいて可能になる、また別の予備作業についてお話しします。

次回:2a-1. 予備作業ファイルを作成する


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