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【エッセイ】証明写真―注文の多いモデル―

 証明写真が苦手、という人は私だけではないだろう。でも、必要なので撮りに行くことになった。調べたところ、数年前にお世話になった写真館が閉店していることを知り、やむを得ず他の写真屋「カメラの●●」に向かった。

 髪型と服装を整え、適度なメイクをし、撮影直前にも鏡を見ながら身だしなみをチェック。そして、男性カメラマンAさんの指示に従う。私は姿勢が悪いのでカメラマンの客観的な指示が重要になってくる。

「右の肩を少し前に出してください。」
「頭を少し左に倒してください。」

撮影してもらうその一瞬のために体制を整えるのはなかなか難しい。さらには、

「少し微笑んでみてください。」

…言われるとおりに身体のあちこちに気を配らなければならず、撮影のためのわずか数分が長く感じられる。

 こうして撮影してもらった6枚の画像の中から最もよい画像を選ぶときに、口紅の色が控えめすぎて顔色が悪く見えることに気づいた。

「あぁ、しまった。」

これは撮影の前に気づくべきだった。こちらの落ち度なので、「やり直してほしい」なんて言えない。出来上がりを待って精算し、元気がなさそうな写真を受け取った。


 数週間後、再び証明写真が必要になったので、前回撮影した写真の「焼き増し」ではなく撮り直すことにした。少し濃い目の化粧をして前回と同じ写真屋へ行くと、すでに先客がいたので、しばらく待ってから撮影エリアに入った。

 前回とは異なり、今度は女性のカメラマンBさんだった。Bさんは一度シャッターを切った後、「ちょっとこれを見てください」とデジカメの液晶画面を私に見せた。

「ちょっと右側の髪がはねていたので…。」

おっしゃるとおり耳元の右側の毛先が妙にはねていた。「お笑いの養成学校」の入学願書用であれば何の問題もなさそうだが、就職やパスポート申請用などでは却下されそうな写真写りだった。

「くせ毛なもので…」と言いながら慌てて髪の毛をなでると、反抗期を迎えていた髪がそれなりに落ち着いてきた。そして撮影再開。

「両腕はだらっと下げてください。」
「頭を少し左に倒してください。あっ、少し戻してください。そうです!そこです!」

次々と続くBさんの要求に必死になって応えた。

 Bさんが5枚撮った後、撮影修了を告げられた。Bさんと私の間に広がる安堵感。そして画像を確認するためにモニターに目を向けると、シャツの右襟下の大きなしわが目に飛び込んできた。

「あぁぁ…。」(→心の叫び)


 私の身体はカメラマンの技量を試しているのだろうか? 私は片目がほぼ失明の状態で、左右対称の姿勢が取りにくいことに加えて、「ストレートネック」なので襟下にシワができやすいらしい。普段の姿勢が悪い私が百点満点の証明写真を撮ってもらうのは至難の業なのかもしれない。

 だから証明写真は苦手なのだが、寿命が短かった場合に備えて「遺影」については韓国のフォトスタジオでもう撮ってしまった。旅行をしているときの心が弾んでいるときの表情が自分の遺影にふさわしいと考えたからだ。

 「表情」といえば、確か北野武監督が演者から自然な笑顔を引き出すために、カメラの近く(演者の視界に入る所)で面白そうなことをしている、と聞いたことがある。そうした工夫も撮影する側の技術なのだろう。

 スーツを着てしっかりと正面を向いた見栄えのよい証明写真を撮ってもらうためには、どうしたらよいのだろうか? 旅行好きの私の場合は、確かな腕前のカメラマンがいる場所へスーツ持参で「旅行」するとよいのだろうか? そもそも、姿勢の悪さやくせ毛を一瞬取り繕わなければならない、という発想がよくないのだろうか?

 いつか宝くじが当たったら「私と相性の良いカメラマンを探す旅」をしてみたい。そして、感じの良い証明写真を撮ることができて、その写真でよい結果をもたらしてくれたカメラマンには「私のベストカメラマン賞(副賞なし)」を贈りたい。


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