そうやってはぐらかすのね

 ご周知のことと思いますが私は頭の中に複数の人間を飼っておりまして、それぞれが私に必要なときに声をかけてくださったり代わりを担ってくれたりする。これは便利でもあるが時には邪魔にもなる。いやほとんどは邪魔なのだが。近頃は20代のパンツスーツが似合うバリキャリショートの元バレエダンサー趣味乗馬バイオリン学生時代のあだ名は女王、現在は工作員として流木を拾う仕事をしている謎の女性が現れて日々の生活について文句もといアドバイスをしてくれる。
「そうやってはぐらかすのね」
 私が愛想笑いをしている耳元で彼女は囁く。
 社会に属するためには自分を偽る必要がある。話したくない内容のときはああする。
「そんなんで楽しい?」
 彼女は拾った流木を両手に持ってドラマーが演奏前にする帳尻合わせみたいに音を鳴らす。その音が私の回答を急かすみたいでなんとも嫌な気持ちになる。
「楽しいわけないわ」
 言葉を選ぶのにまごついていると彼女は流木を放り投げ、その台詞とともに消える。たのしいわけないわ、楽しいわけがない。しかし、毎日がハッピーで人との交流に喜びをもっている人などほとんどいないだろう。よっぽどの寂しがり屋か営みに神秘を見出すような人でなければ。
「彼女は痛いところばかりを突いてくる。男の敵だ」
 性別は関係ない、ただ単に私をからかっているだけだよ。
「それが問題だ。お前はナメられてる。それでいいのか?」
 良くはない、けどしょうがない。彼女は誰も彼も見下している。
「せめて自分だけでも、なんて考えないのかよ」
 君たちはいつも私に問いかけるがそれになんの意味があるんだ。
「自己への問いかけは成長への一歩だ」
 そうやってはぐらかすのね。
 私が彼女の口調を真似て言うと、強くてマッチョで排他的な彼は辺り一面にぶちまけるように笑い。その声を響かせながら消える。
「そうやって嘘に嘘を重ねても誰も降りてなんてこない」
 日常へと戻る私の背中に誰かが投げかける。
 私は誰も待っていない。誰かの言葉に答えるが反応はない。

寿命が伸びます