Vol.3 船
小学4年の春、進水式に呼ばれた。家族ぐるみで仲良くしていたKさんが、小さな白いクルーザーを買ったのだ。
私が船にシャンパンをかけることになった。その日は生憎の強風で、吹き上げられたシャンパンをたっぷりと浴びてしまった。シャンパンとの出会いは飲むよりも浴びるほうが先。大人になって浴びるようにお酒を呑めるようになってしまったのはそのせいなのか?
強風の中の処女航海、バラとカーネーションで飾られた船は進む。外海に出ると波はますます高くなり、子どもたちはキャビンに避難しているように指示された。激しく波しぶきを浴びている船窓からは何も見えない。大波がくるたびに何度も頭を天井に打ち付けられて、大げさに笑い続けた。
入江に戻ると、波は穏やかだった。
「きれいなヨットがいるよ。出てきて見てごらん」
そう外から声がかかった。
木製のデッキ、太い木製のマストが美しい白い大きなヨット。近付くと船上で結婚式をしていることに気がついた。
花婿はネイビーのブレザー、花嫁は真っ白なパンツスーツにつばの広い真っ白な帽子、帽子にはベールのようなオーガンジーのリボン。青い海と空とのコントラスト、どんなウエディングドレスだってかなわないほどの凜とした美しさ。すっかり魅了されてしまった。
「そうだ、この船の花を花嫁にプレゼントしよう!」小さなクルーザーを大きなヨットへと寄せて、新米船長のKさんは花嫁に花束を手渡した。ふたことみこと言葉を交わすと、花婿と握手をして誇らしげに戻ってきた。
船の上の結婚式はアンデルセンの人魚姫のワンシーンのようだ。カモメは新しい二つの船出を祝福するように入江を飛び回る。おとぎ話のような時間を過ごし、静かに船は着岸した。上陸しても身体はまだふわふわと揺れている心地がした。
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