見出し画像

現実逃避の旅


小さい頃、おばあちゃんの家に遊びに行くのが好きだった。

函館から車を走らせて1時間ほどの
海の見える広いお家。

夏休みやお正月など、年に数回しか訪れない特別感が好きで、たまにしか行かないから祖父母に顔を見せるだけでものすごく喜ばれて、子供ながらに清々しい気持ちになった。

普段は両親に叱れたり友達と喧嘩したり、苦手な教科のテストで悪い点数をとるちっぽけな存在なのだけど、

おばあちゃんの家に行ったら、祖父母から持て囃され、とても丁寧に扱われるから自分が特別な存在だと錯覚して嬉しくなる。

それに、日常からすこし離れて
新鮮な空間へ行くことで、心身ともに休まるかんじがした。

常日頃から慣れ親しんでいる環境とは別に
ちがう世界を持てた気がしてリフレッシュできた。


親戚のおばさんの家に行くのも好きだった。
おばさんの家は自転車で20分ほどの距離で一人でも気軽に行ける。

少し顔を出すだけでやはりとても喜ばれ、お茶やお菓子を出してありったけのおもてなしをしてくれる。
ちょっとお小遣いをもらったりなんかもして、
小さな贅沢を覚えて小賢しい子供だったなと思う。

上京してからのお気に入りスポットは鎌倉。
心が研ぎ澄まされてスッとするから。
街の人ものんびり暮らしているかんじが癒される。

実際に住んでしまえば、
そんなこともないのかもしれないけど。


子供の頃から自分のいる場所とはちがう
”ここじゃないどこか”に癒しや救いを求めたり、

東京で暮らしていても
海とか、山とか、自然のある方へ行きたくなるのは
殺伐とした都会の生活から抜け出して
日常を忘れたい、のんびりしたい、心を休めたい
そういう心理がはたらいていると思う。

”ここじゃないどこか”なんて、
いざそこに身を置いてしまえば
ありふれた日常に変わってしまうのだけど。。

そこに訪れたところで普段抱えている不安や悩みが消えるわけではない。


でも、それでいいじゃないか。

わたしたちは現代社会でこてんぱんにやられて疲弊してしまっている。

だから、ほんのいっときでも
日常を忘れ、悩みや不安を振り払った状態で、
束の間の休息がとれればそれでいいのだ。

小旅行でもなんでも、気楽に羽を休める場所がひとつでもあったらいい。

お気に入りの場所がないのなら、
TwitterでもnoteでもSNSでもなんだっていい。

現実世界でもみくちゃにされて無意識のうちによわってしまった自分を、とびきり癒してあげるのだ。


ふと立ち止まって休憩する。そうしてまた生活に戻る。現実逃避は時にして必要だなと思う。

自分を見捨てないことがなによりも重要。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?