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親近感

私が働いているMOLE FACTORYは
印刷工房なので、Tシャツのプリントや
冊子やフライヤーなどの印刷が
主な仕事内容となっている。

でも時折、イベントなどにも出店したり
ワークショップなどを行っていて、
SNSに上げる写真や動画というのは
華やかな様子のものをわざわざ選ぶ。
なので客観的な視点から見た店のイメージ
となると、どこか華やかで賑やかなものを
想像されることがよくあるのだが、
案外そんなこともない。

ほとんどが淡々とした
地味な作業の繰り返しだったりする。
まあ仕事というのはどの現場でも
そんなもんなのだろう。華やかな部分だけが、
やたら目につくだけで。

いや、華やかな部分だけを積極的に
みんな見せてくれているのだ。
その辺にゴロゴロ転がっているような
淡白な現実はわざわざ見せないだけ。

でも、お店にしても人にしても
ときどき弱さや悩みや心配事など
リアルな部分を垣間見せてくれるものの方が
親しみを感じられて、私的には好感が持てる。

自分たちと同じ、生きた人間だと
感じさせてくれる人の方がやはり
どこか信頼できるような気がする。

とはいえ、なんでもグチグチ書けばいいと
いうわけでもないので、この塩梅は難しい。


地味な作業を繰り返す日々の中、
少しでも自分たちの気分を
盛り立たせてくれるものが必要で。

なので大抵、作業中には音楽だったり
ラジオを流していることが多い。

それらは基本全て店主がセレクトしているのだが
最近ではFM三重を一日中流している。

これまで芸人の深夜ラジオなどは
いくつか聞いてきたが、日中流れている番組には
あまり触れてこなかった私としては、
FM放送は、逆に物珍しく思えた。

土日だと、きゃりーぱみゅぱみゅや広瀬すず、
木村拓哉、山下達郎、リリーフランキーなど
著名な人達の番組が放送されていて、
普段自分からは聞くことのない人々の
トークというのは、新鮮でけっこう面白い。

当工房の店主は、かなりの音楽好きなのだが
聴くジャンルが幅広すぎて、普段店で流している
音楽は私がこれまで触れたことのない
アーティストのものばかり。

流行りの歌だとか、俗に言うミーハーなものを、
店主はあまり好まない。
なのでラジオとはいえ、まさか店内で
きゃりーぱみゅぱみゅの楽曲が流れる日が来るとは…
と聞き始めた頃はすごく違和感というか、
不思議な感覚になった。

そんな番組編成の中に、
作家・村上春樹氏がパーソナリティを務める
「村上RADIO」があった。

私は今のような感じで、文章を書くことが
趣味なので「本も沢山読むのか」と聞かれること
が多々あるのだが、実はそうでもない。

全く読まないというわけではなく、
自分が気に入った作家のものしか読まないので、
好きな作品に非常に偏りがある。

なので、世の中で有名だと言われている人達の
作品を、実はほとんど読んだことがない。

村上春樹氏の作品もそうで、
「ノーベル文学賞の候補」と言われるほどの
日本を代表する作家であるにも関わらず、
私はまだ一度も手をつけられたことがないのだ。

でもそれには理由があって。
村上春樹氏の作品というと
"ハルキスト"と呼ばれる熱狂的な
ファンがいるほど支持されている反面、
「どうにも好かん」
という人もいるという、
好みがすごく二極化される人だなぁ
というイメージが私の中には強かった。

私の母は昔から結構な読書家で、
私がこれまで気に入ってきた作品というのは
大抵母の影響を受けているのだが。
そんな母は、村上春樹があまり好きではない。
嫌いとかでもないそうだが、内容が小難しいので
そんなに読みたいとも思わないそうだ。

母が気に入らなかったのなら、私もそんなに
ハマることはないだろうな、という想像から
私は村上春樹氏の作品には触れてこなかったのだ。

そんな中、ラジオという媒体を通じて
人生で初めて村上春樹に私は触れた。

「声」や「話し方」というのは、
その人の性格や内面が滲み出るなあと
私は思っていて。
作品を読んだことはないが、
世間で聞く、私の中の村上春樹は
知的で、詩的で、情緒的で、
ロマンチックな比喩表現がやたらに多い…
みたいなイメージだったのだが。
なんか想像そのまんまの声と喋り方で
逆にちょっとびっくりした。
良く言うと、知性と色気が漂う声色、
良く無い感じで言うと、
理屈っぽそうで近寄りがたい、
そんな雰囲気を受け取った。

そんな彼のトークの中で、
印象に残ったエピソードがあった。

(以下、内容一部抜粋)

村上春樹
「こんなことを言うとよく驚かれるんだけど、
僕はなぜか生まれてこの方、嫉妬の感情というものを経験したことがないんです。
もしあったとしても思い出せないくらいだから、
たいしたものじゃないですよね。

そんなわけでずっと長い間、
嫉妬というのがどんなものなのか、
その実態がうまく理解できませんでした。
もちろんどういう成り立ちのものか、
いちおう理屈としてはわかっているんですけどね。

でもあるとき夢の中で、僕は何かのことで、
誰かに対してすごく激しく嫉妬していました。

なぜ僕がその誰かに嫉妬しなくちゃいけないのか、
その前後の成り行きはよくわかりません。
でも、とにかくとんでもなく息苦しいほど
嫉妬しているんです。

それは僕にとってすごく強烈な体験でした。
息がうまくできなくて、
心臓がどきどきしました。

『そうか、嫉妬ってこんなにも苦しいことなんだ』
と、そのとき初めて実感しました。

それで汗ぐっしょりになって目が覚めて、
胸はまだどきどきしていたんだけど、
『ああ、夢でよかった』とつくづく思いました。
現実生活でこんなつらい思いを
経験しないで済んで、本当によかったなと」


このエピソードを聞いた時、この人の作品が
「好き」と「嫌い」に二極化される理由が
なんとなくわかった気がした。

"嫉妬"
という感情は、自分と他者とを比較した上で
相手が自分より恵まれていたり、優れていると
感じた際に、それを羨ましく思ったり、妬ましく
感じたりするネガティブな気持ちを示す言葉で。

多かれ少なかれ、人にはそういった陰湿さが
当たり前のように潜んでいるものだと
私はずっと思ってきた。

でも「嫉妬を感じたことがない」
というのはつまり、周囲の人々のことを
自分より秀でているとか、自分より上であるとか
そういう風に感じたことがないということになる
…のだと思う。

それ自体に"良い"とか"悪い"とかはないのだけど
なんというか、親しみは持てないなと。

自分と他者を比べるという行為自体、
良い側面と悪い側面があって
嫉妬というのはその悪い側面が
表面化した状態なのだろう。

醜い感情なのだ。
でもその醜さは、人として生きる上で
避けられないことだと思っていたし
ある意味とても"自然な姿"なんだと
私は人間味として、そういった感情も
ある程度肯定的に受け止めてきた。

でも「私は嫉妬とか醜い感情を抱いたことなんて一度もない」と言い放たれてしまうと
ものすごく距離を置かれてしまうというか、
そんな感情を抱くあなたは心のレベルが低い
と、己の情けなさを突きつけられたかのように
受け止めてしまって。

まあそんな捻くれた受け止め方をしている
こちら側に問題があるのは重々承知なのだが。

なので別に、村上春樹氏のこのトーク内容も
取り立てて責めるべき点は存在しない。

ただ
「現実生活でこんなつらい思いを
経験しないで済んで、本当によかったなと」
という言葉の語尾に(笑)が付いている感が
どうにも否めないというか(笑)←自虐を込めて

現実生活でこんなつらい思いを
経験している人が、世の中には大勢
存在しているというのになぁ

という、他者の気持ちに寄り添ってはくれない
のだな、と。どこか切なくなってしまったのが
私の正直な意見だった。

何度も言うが、村上春樹氏のこのトークに
咎められるべき箇所はない。
本人に悪意なんて、まるでない筈だから。

けれども、悪意がない言葉にも
人は傷つくことがある。
そして、そこに悪意がないほどに、
その言葉は鋭利に突き刺さるものなのだ。

正しい言葉や考え方の全てが、
人を救うわけではない。
それが生きる上での苦しさだと毎度の感じる。

こういう理想的でどこか完璧に見えてしまう人
だからこそ、描く作品にもその理想的な姿が
きっと反映されていて、
物語の世界と自分達が生きる世界とのギャップに
素直に憧れを抱く人もいれば、
あざとくて腹立たしい、と
斜に構えて見てしまう人もいるのだろう。

こうして「好き」と「嫌い」が
極端に分かれてしまうのだろうなぁと
ラジオを聴きながらぼんやり考えていた。

とはいえ、これは全て私の勝手な想像で
どんな物語なのか一切読んだことがないので
実際がどうなのかは分からない。

自分が好む作風でないことは
なんとなく予想されているが
ここまで考えてしまうと逆に
読んでみたくなってきた。

ということでどなたか、村上春樹氏の作品で
オススメのものがあればぜひ教えてください。

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